落花流水・7










さん!!」
「赤也、くん……?」

膝に手をついて、荒くなった呼吸を整えるように深呼吸する。
間近で見たさんは、あいかわらず綺麗な人だった。あの頃とは違う、グロスでつやつやした唇、上を向いたまつげ。

「……久しぶりだね」

それでも微笑んだ顔は以前と変わらなくて。何だか、胸が一杯になった。言いたい事も、聞きたい事もたくさんあったけど、いざ目の前にすると、うまく口に出せない。
―――元気でしたか。
―――看護士になったんですか。
―――今、付き合ってる人は居るんですか。
一度に溢れそうで深呼吸した。

「三次会には行かないの?」
「行きません。あの、」
「なあに?」

首を傾げたさんは笑顔を崩さない。俺は躊躇った末、口にした。

「……お茶、飲んで行きませんか」



深夜営業のカフェは意外と人が多く。隅の席に陣取り、俺は目の前のさんを見つめた。何度も、何度も夢に見たさんがここに居る。柄にも無く緊張して手の中のカップを見つめた。

「赤也くん、格好良くなっててびっくりしちゃった」

ふふふ、と可笑しそうに、それでも何処かぎこちなく笑う。

「有難う、ございます」
「本当は、二次会の間も話しかけようと思ったんだ」
「え」
「でも、話しかけ辛くて。……フラれた身ですし?」

さんは冗談めかして言った。その言葉に俯く。
邪魔にならない程度に流れる音楽。カップとソーサーのぶつかり合う音、漂うコーヒーの香り。現実である事を確かめるように、それらを反芻する。
俺は顔を上げ、口を開いた。

「あの頃、」
「え?」
「俺、本当に余裕が無くて、傷つけるようなことばっか言ってた気がします」

さんは目を瞬かせた後、首を横に振る。

「そんな事、無いよ? 赤也くんは、優しかった。私はそんな赤也くんに甘えてたんだよね。余裕が無かったのは、むしろ私の方」

自嘲気味に笑って言葉を続けた。

「もう、毎日ギリギリだったよ。赤也くん人気あったし、私は二歳も上だし、いつ飽きたって言われるんだろうって……びくびくしてた」
「全然、見えなかった……」

一気に言ったさんは、口を付けた部分を指で拭う。跡が残るの嫌なの、とよくそうしていた事を思い出して胸が苦しくなった。見つめていると、目が合ったさんはにっこりと笑う。取り繕うようにカップを口に運ぶと何時の間に飲み干したのか、空になっていた。

「……出ようか。電車無くなっちゃうよ」
「……はい」







駅までの道のり、さんは黙ったままだった。あと、少しで駅に着いてしまう。何か、何か言わなくちゃと気ばかり焦って言葉にならない。駅に着くと、さんは顔を上げる。

「じゃあ、赤也くん」

俺が何も言わず見つめると困ったように笑った。

「……元気で」

あの時のようだ。きっとさんは振り向かず歩いて行く。
―――そしてもう、二度と会えなくなる。

「きゃっ」

気が付くと背を向けた彼女の腕を、掴んでいた。

「……もう一回、チャンスをくれませんか」
「……え?」
「俺ともう一度、付き合って欲しいんです」
「赤也くん……」
「やっぱり、俺、忘れられなかった。
忘れていいなんて言ったけど、忘れるって言ったけど、忘れた事なんて、無かったんだ」

さんは目を見開いた後、俯く。

「……私も、忘れた事なんて無いよ」

ぽつり、と漏らした呟きにさんを見つめると、顔を上げた彼女は微かに笑う。

「本当はね、今日も期待してたの。赤也くんと会えるかなって。話せなくても、姿を見れるだけでもいいって」
さん」
「もう本当に、未練たらしいって分かってるんだけど、みっともないって思うんだけど……忘れられなかったの」

言い募る姿は必死で、でも、妙に可愛くて俺は笑った。

「……何か、おかしい?」
「そうじゃなくて。……何か、嬉しくて」
「え?」
さんが、そんなにストレートに感情出したの、初めて見るかも」
「……そうかな?」
「うん」

少し眉を寄せて口を尖らせて。さんは、ばつの悪そうな顔をした。

まだ、知らない事がたくさんあるんだ。知りたい事も、たくさんあるんだ。

「……行きましょうか」
「え?」
「まさか、帰るとか言わないッスよね」
「え、でも、私、」
「明日、休みでしょ」
「え、何で知ってるの?!」
さんと話してたの、聞いちゃったんス」
「あ……!」

改めて手を握り、彼女の分の引き出物も奪った。

「ちょ、ちょっと、何処行くの?」
「何処でもいいですけど、とりあえず、」

不安そうに、見上げるさんに俺は笑いかける。絡めるように繋いだ手は熱くて、焦る気持ちを抑えながら言った。

「二人きりになれる所に」
「……はい」

微かに頬を染めて、さんは頷く。握り返してくれる手の感触に頬を弛ませながら、足を踏み出した。


('05.6.15)


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落花流水=男に女を慕う心があれば、女もまた情が生じて男を受け入れるということ(大辞泉より)。
以下、蛇足です。



友人の名前を自分の名前にすると、仁王夢として楽しめる一粒で二度美味しい夢です(笑・偶然ですが)。
とりあえず、高砂は新郎新婦(+仲人さん)が座るお席の事です(いや、学生さんには馴染みが無い言葉かなあって……)。

最初の「君が忘れても」というフレーズが浮かんだので書き始めた話でした。まさかこんな話になるなんて、思いもしなかった……。
何で赤也になったのか、しかも現在と過去の回想を行き来する、という非常に面倒な話になったのか書き終わった今でも謎のままです。まあ、仁王が出張ってるのはいつもの事ですが!(仁王スキー)

書いてる時、短大時代に結婚式場でバイトしてたことや、友達の結婚披露宴に出席した時のことを思い出しながら書きました。高砂にビールを注ぎに行く時は、バケツに捨てさせません(まあ、飲む人だけですけど)。
本当はスピーチとか(これは柳生だろう)、余興とか(きっと幸村がうきうきと音頭をとるに違いない)書きたかったんですが、割愛。そこまで書く余力がありませんでした……。楽しそうだなー。

キャンドルサービスの代わりにやったのはアクアイリュージョンというらしいです(この名称を調べるために結婚式場のサイト巡りをしました)。すごーく綺麗なのですよー! 以前見た時、私もブン太みたいに歓声をあげてしまいました。いつかやりたいなあ(笑・果たしてする日は来るのだろうか……)。