オレがシャツを羽織ろうとすると、その脇腹に手が伸びてきた。
「……びっくりした」
手の持ち主はベッドの上で、気怠そうに笑った。
足りない肋骨
五年ぶりに再会した、ひとつ上の幼馴染の。
よく泣かされていたを助けるのはオレの役目で、がよく話す男子もオレだけで。幼いながらもオレは、彼女が大好きだった。ひとり占め出来て、嬉しかった。
突然引っ越してしまって途方に暮れたけど、月日が経つ毎にその気持ちは薄れたと思っていた。テニスや、学校生活や、それなりに充実した日々を送っていたし不満なんて無かった。
―――そう、思っていたのに。
の姿を見た瞬間気持ちは蘇って、どうしようもなくなって、彼女の通う女子校の前で待ち伏せした。途惑いながらも、俺の気持ちを受け入れてくれたは、今こうしてここに居る。
の躰はまだ上気していて、指先まで桃色に染まっていた。胸を毛布で隠しながら半身を起こし、オレの脇腹に触れている。
「何だよ」
髪に手を差し入れ、頭を撫でると心地良さそうに目を閉じた。は、言う。
「やっぱり男の子の肋骨は、一本少ないのかな」
「……はぁ?」
オレの間の抜けた返答が可笑しかったのか、はまた笑った。
***
「男って、肋骨一本少ないんスか」
オレの言葉に柳先輩はこちらに顔を向ける。唐突な質問にも柳先輩は顔色一つ、変えなかった。
「誰かから聞いたのか」
「はあ……」
言葉を濁すと、丸井先輩が後ろからのしかかってきた。
「カノジョからか? えーと、ちゃん、だっけ」
「……そうッスけど」
……こういう事はきっちり覚えてるんだもんな。
「なあなあ、可愛い? 紹介しろよー」
からかう様に笑う丸井先輩の言葉に、眉を寄せた。
「可愛いッスよ。……だから、紹介しませんからね!」
「独占欲が強いのう」
仁王先輩が面白がるように言う。くつくつ笑う仁王先輩に背を向け柳先輩に向き直ると、先輩も微かに笑った。
「……彼女は、ミッションスクールに通っているのだったな。おそらく、聖書からだろう」
「聖書?」
「そう、世界で一番売れている本だぞ、聖書は。確か初めの方に、神は男から肋骨を一本抜き取って女を創った、とある」
「……へえー」
「しかし、普通は十二対二十四本だ。稀に、先天的に少ないという事もあるらしいが」
「あ、そうなんスか」
「そう。……その男の肋骨は一本少なかっただろうがな」
***
「無駄な肉が付いてなくていいよね……」
ため息をつきながら、はオレの脇腹を撫でている。くすぐったいのだけど、触れられるのは嬉しいのでそのまま我慢していた。
「だって、あばらの数が数えられそうじゃん」
の、骨の浮いた脇腹を撫でると、は躰を震わせた。
女の子の躰というのは、あたりが柔らかい気がする。骨格も皮膚も滑らかで、曲線を帯びていて、ごつごつした男の躰を受け止めてくれる。オレからすれば、こんなに華奢な躰付きで大丈夫なのかと、いつも思うのだけど。
……思うけど、こうする事は止められない。
「お腹とかはそうもいかないもん。痩せたいなあ」
「……ダイエットする必要無いからな」
「胸から痩せそうだから、しないけど……。もう少し締まらないかな。お腹とか、腰とか」
は自分の躰に触れ、また、ため息をついた。ふと、柳先輩に訊いた事を思い出す。
「肋骨の数は同じだってさ」
「え?」
「この前言ってたのって聖書だろ?」
「……うん。調べたの?」
「先輩に教えて貰った。でもオレ足りなくてもいいや」
「……どうして?」
目を丸くして躰を起こしたの唇に指を這わす。キスのし過ぎで唇が微かに乾いていた。
「を創った分だろうから」
「……赤也がそういう事言うなんて」
そう言ってはくすくす笑い出した。
「……オレだって恥ずかしい事言ったと思ってるよ」
柄にも無い事を言ったせいか、顔が熱くなった。
でも、そう思ったのだ。だったらいいな、と。
はツボに入ったのか、まだ笑っている。
「あーもー。笑うなって」
「ううん。だったらいいよねと思って」
「え」
考えた事と同じような事を口にしたを見つめると、微笑んで、言葉を続けた。
「赤也の骨から私が出来てるとしたら、私は赤也の為に創られたんだよ、きっと」
「……、また何か少女漫画読んだろ」
オレの言葉には口を尖らせる。
「……読んでるけど、そんな事は描いてません」
「恥ずかしくねえ?」
「……もういい、言わないっ」
ぷい、と毛布を被ってしまったの躰を宥めるように撫でた。毛布越しにも感じる細い骨の感触に目が細まる。
オレの肋骨が、になったのだとしたら。
……それは、オレのものだよな。
だって、神様は、男の為に、男の肋骨から女を創ったのだから。
足りない肋骨の事を思いながら、オレは毛布を捲った。
('05.4.20)
いちお、「塔から降りて」を読まなくても大丈夫なように書いたつもりなんですが……。どうでしょ?
(↑の話は隔離部屋にあります。たぶん、そこまでアレな話ではないと……どうかな。<弱気。)
ちなみに聖書は旧約までしか読んでません……(挫折)。
|