室内を覗き込むと、は両手を挙げ、窓の外を仰ぎ見ていた。
何かに手を差し伸べ、抱きとめるように。
その表情はひどく真剣で、絵を描いている時の顔と重なった。










Selenograph










「……丸井くん?」
「うわぁっ?!」

後ろからの声に驚いて振り向くと、が立っていた。室内を見遣ると両手を挙げたまま、が目を丸くしている。

「入らないの?」
「いや、入るけど、よ……」

鼓動の速い胸を思わず押さえながら室内に歩を進めると、は顔を赤くした。

「み、見てたの、丸井くん」
「あ、うん……」

彼女は両手で頬を押さえ俯いてしまう。

「何が?」

の問いに、は首を横に振った。

「……は、恥ずかしい……」
「だーかーら、何がよ、?」

は、の頭を撫で回しながら訊き返す。

「何でも、ないの。……ちゃん、遅かったね」
「ああ、委員会があったから。ところで丸井くん」
「ん?」

くる、と俺に向き直り、は言った。

「真田くんが探してたみたいだけどここに居ていいの?」
「マジで?! やべえ!」

俺は弾かれたように入り口に向かう。思い立って振り返ってみるとはまだ顔を赤くしていた。



***



その翌日、美術室に向かうといつも通り、は真剣な表情で手を動かしていた。俺に気付くと少しだけ笑んで、その後は表情を崩さない。

「この前さ、」

その言葉には肩を震わせる。そうっと振り返り、俺を見上げた。

「この前は、変なとこ、見られちゃって……もう……」

顔を赤くして俯いた彼女に慌てて言った。

「変とか思わないけど、……何してたんだ?」
「……えーと、ね、うまく言えないんだけど、光を描きたくて、」
「光?」
「うん、こう、降って来る光を、描いてみたくて、何か、自然と、ああしてたの。……うわあ、変だよね、ごめんね」

はそう言って両手で頬を押さえた。

「いや、謝る必要無いだろ」

……そんな事、考えながら描いてんのか。
思想の片鱗を見られた気がして、何となく気分が良かった。弛みそうな頬を抑えながら彼女の近くに腰を下ろすと、机に置かれた彼女の鞄の横に大きな紙袋があった。中からピンク色のリボンがはみ出している。

「……何だ、コレ」

は俺の視線を辿った。それが何か、分かった彼女は唇の両端を微かに上げ、言う。

ちゃんに貰ったの、」

紙袋をそっと撫でて続けた。

「今日、誕生日だったから」
「……知らなかった」
「当然だよ」

はふふ、と小さく笑う。

「……何か持ってっかな」
「えっ? い、いいよ……」
「じゃあとりあえず、……おめでとう」
「……有難う」

彼女は俺の言葉に嬉しそうに微笑む。絵を描く時の表情が嘘みたいな花のような笑顔に胸が締め付けられた。

「今年は、言えなかったけど、来年は言うね」
「ん?」
「丸井くんの、誕生日。四月二十日だったでしょう」
「何で知ってんの」

は微かに焦ったようにして答えた。

「だ、だって丸井くんは、有名だから、その、」
「……そっか」

俺はのことを何も知らない。
絵を描いてる時の真剣な顔とか、コーヒーにはクリームを入れないと飲めないとかなら知ってるけど。クラスは違うし、今まで見ても顔をしかめているばかりで何も知ろうとしなかったことが、今更ながらに悔やまれる。
そう思ってたら突然軽快なメロディが流れ、は顔を上げた。

ちゃんだ」
?」
「この歌は、ちゃんからのメールの着信音なの」
「へえ……」

は二つ折りの携帯を開け操作している。付いている携帯ストラップは意外にもシンプルな物だった。
……携帯を触ってるのを見るのも初めてかもしれない。

「……あのさあ、」
「なあに?」

ぱちん、と音を立てて携帯を閉じ首を傾げる。目が合うと慌てたように目を逸らした。

「メアド教えてくれよ。番号も」
「ええっ!?」

は珍しく大声を上げて後ずさる。

「……ヤなワケ?」
「い、嫌な訳ない!」

早口で叫びは顔を赤くした。俺は笑いを堪えながら携帯を取り出す。



知らないなら今から知っていけばいい。それだけのことだ。
のことが知りたい。
見ているだけでは分からないこと。
どんなことが好きで、嫌いで、どんなことを考えているのか。



は携帯を操作し、俺に差し出した。

「赤外線送信しても、い?」
「おう、サンキュ」

受信し、表示されたアドレスとナンバーを登録し早速メールを作成する。送信すると間もなくの携帯が鳴った。

「それ、俺のな」
「あ……うん」

は俯いて、両手で携帯を操作している。

「登録、しました」

唇を弛ませながら言った顔はあいかわらず柔らかで、俺は思わず腕を伸ばしてしまいそうな衝動を必死で堪えた。


('05.7.8)