……祭はやっぱり当事者で居た方が楽しいと思うんだよな。
とか、思ったのは、祭が始まる前までだった。










Eclipse










「どうする、テニス部の方寄ってみるか」

海原祭の喧騒に満ちた校内を歩きながらパンフを見るジャッカルに、俺はさっき貰ったこんぺいとうを口に入れながら頷く。

「そーだな。赤也がどうしてんのか見たいし、行ってみっか」

クラスの当番も終わり、俺達は校内を観て回っていた。去年までは部活の方の当番もあったのだけど、引退したので今年はタッチしていない。何時までも、先輩面して居座っている訳にも行かないし。

「……丸井!」

その声に振り返ると、仁王が立っていた。

「ようやっと、見つけた」

仁王は、にやり、と不敵に笑う。

「ああ? 見つけたって何だよ」
「探しとったんじゃ。お前、美術室行ったか?」
「美術室?」

美術室、と言えばは絵を展示すると言っていたような気もするけど。

「まだ行ってねえけど」
「みたいやね。行っとったら、そんな呑気にしとられんもんな」

にやにや笑ったまま、仁王は言う。
……話が全く読めない。
俺が眉間に皺を寄せていると、く、と咽喉の奥で笑って続けた。

「行った方が良かよ、今直ぐ」

それだけ言って、仁王は去って行く。現れた時も唐突だったけど、去る時も同様だった。

「だーっ、何だっつの」

一人ごちると、ジャッカルが、じゃあ行ってみるか、と慰めるように呟いた。


***


美術室に向かうと、入り口に二人、一年か二年の女子が座っているだけだった。俺の顔を見たその二人は、ふ、と笑みを浮かべる。

「こんにちは!」
「……ちは?」

元気よく挨拶されて戸惑っていると、二人はくすくすと囁き合う。
……何だ?
怪訝に思いながらも、室内に足を踏み入れた。油絵具の匂いに、頭が痛くそうになりながらも絵を見て回る。

「丸井!」
「ん?」

ジャッカルは慌てたように振り向いて俺を呼ぶ。横に並ぶと、目の前には、と名札の付いた一枚の絵があった。

「こ、れ……」

入り口の二人が笑った訳が分かった気がした。仁王が、あんな意味深長に笑っていた訳も。

「お前だろ、これ」
「だ、よな」

何時の間に、描かれていたのだろう。試合中のユニフォーム姿のそれは、俺だった。以前、デッサンのモデルになった事がある。その時のデッサンにも驚かされたのだけど、これは、もっと。

「ジャッカル、俺、」
「……分かった。頑張れ」

さすがダブルスを組んでいただけはある。ジャッカルは即座に返してきた。

「あの!」

俺が美術室を後にしようとすると、受付に居た女子が一人立ち上がった。

先輩なら、クラスにいらっしゃると思います」
「……サンキュ」


*


俺は人の波を擦り抜けながら、のクラスまで走った。胸の鼓動が速いのは、走っているからじゃない。あの絵を見たときから、動悸が収まらないままだった。
どんな想いで、描いたんだろう。描いてる間は、俺の事を考えてくれていたのだろうか。それより何より、こんな目立つ文化祭の展示で、俺をモチーフに選んだ理由が知りたかった。


*


のクラスは、縁日と称してヨーヨーつりだの金魚すくいだのをやっていた。ぐるりと見渡しても、の姿は無い。焦っていると、柳の姿を見つけたので思わず叫んだ。

「……柳!」
「……どうした、丸井」
は、」

そう言うと、柳は笑った。

「美術室に、行ったか」
「行った」
「そうか」
「で、は何処行ったんだよ?!」

苛々して言うと、更に笑いを深くして柳は言う。

の所に行ってくる、と言っていたが」
「な?!」

……じゃあ、俺のクラスじゃないかよ。


*


!」
「う……っわ、びっくりしたー。どうしたの丸井くん」
、来てねえの」
「え? さっきまで居たんだけど……私が当番だって言ったら、時間潰してくるって」

……足取りが、途切れた。
すれ違いは面白いように重なるものだ。何だか気が抜けて座り込み、肩で息をしているとズボンの後ろポケットに入れた携帯のストラップが、ちゃり、と音を立てた。
……携帯!
俺は携帯を取り出し、メールを作成しようとした。

「丸井くん、美術室行った?」

は笑みを含んだ声で言う。

「……ああ」

この遣り取りも、もう三度目だ。

の、見た?」
「見た」
「あの絵を描くために、こっそり試合を観に行ったんだよ」

その言葉に顔を上げる。は、仁王や柳と同じように含みのある笑顔を浮かべたまま言った。

「良い出来だったでしょ」
「……来てたんなら、声、掛けりゃ良かったのに」
「うーん、が感極まって泣いちゃってね。声掛けるどころじゃ無かったのよ。その後からは、ずーっと、あの絵を描いてて」
「……え?」

そんな素振り、ちっとも見せなかったのに。は、ふふふ、と楽しげに笑って続ける。

「出来上がるまで丸井くんに見られる訳にはいかない、って大変そうだったよ」
「……あーもー、なー。何でお前にはバレてんのに、あいつは気付かねえ訳?」

がしがし頭を掻いて言うと、おかしそうには言う。

「だってだもん」

俺は笑って、作成しかけたメールの続きを打ち始めた。


('05.10.25)