メールを送信すると、美術室に居ます、という簡潔な返信が即座に送られてきた。
俺は携帯を閉じ、逸る心を抑えながら階段を昇る。










Full moon











美術室に辿り着くと受付に居た後輩達は居なかった。俺は立ち止まり、呼吸を収めるように深呼吸する。中に歩を進めると、立ち並ぶ絵画の中にが居た。彼女は、自分が描いた絵の前に佇んでいる。俺に気付くと振り返り、強張った笑みを浮かべた。

「……丸井くん、見てくれた?」
「見た。……何時の間に、描いてたんだよ」

そう返して笑うと、は少し得意そうに唇の端を上げた。

「丸井くんが、部活に行った後と、帰った後」
「あー……、なるほどな」

それきり、言葉は途切れた。訊きたい事はあるのにうまく言葉に出来なくて歯痒い。隣のを窺うと俯いていた。俺は大きく深呼吸して口を開く。

「……あのさ、」
「な、何っ?」

弾かれたように顔を上げたの声は上擦っていた。

「これ、」

びくん、と目の端での肩が震える。

「すげーイイ出来だな」
「……有難う」
「ま、モデルがいいからか?」

どうでもいいことなら、こんなに簡単に言えるのに。緊張して、手のひらがじわりと汗ばんでいくのを感じた。は、微かに笑って頷く。

「うん」

遠くから、祭の喧騒が聞こえる。さっきまで、その中に居たのが遥か昔の事のようだった。は意を決したように顔を上げる。

「丸井くん、私ね……、私、丸井くんの事っ……」
「ストップ」

俺はの言葉を止めるように、その唇を覆った。手のひらに当たる、柔らかい感触に目が眩みそうになる。

「好きだ」

は、目を見開き息を呑んだ。名残惜しく思いながらも手を外すとは、糸の切れた操り人形みたいに座り込んでしまった。

「大丈夫か……って、オイ」

は、ぼろぼろと涙を零す。

「だ、大丈夫じゃないよ……なんで先に言うのぉ」

しゃくりあげながら言葉を紡ぐに視線を合わせるように屈んだ。

「うーん、意地?」
「い、意地って、何よう……」

子供みたいに泣きじゃくるは可愛くて、このまま泣かせてたいような気もしたのだけど、あまりに苦しそうに泣くものだから、その背中を撫でてやった。

「告白まで先にさせるなんてオトコじゃねえだろい?」
「え、な、なに、がっ……?」
「絵。あれには参ったぜ」

ハンカチで顔を覆ったの表情は見えない。嗚咽で肩を揺らす彼女の背中を撫でながら、訊いてみた。

「なあ、あれ描いてる時俺のこと考えてた?」
「……うん」

は赤い目をして、顔を上げる。頬を伝う雫はきらきらと光って見えた。

「ずっと、考えてた……」

それは何の飾りも無い言葉なのに、胸に刺さる。色々考えたけどまとまらなくて、の背中に腕を回した。

「まっ、丸井くん?!」

抱き寄せると彼女は身体を強張らせる。その身体は薄く、ちょっとでも力を籠めると壊してしまうんじゃないかと思った。

「だってお前がそんな事言うから」
「そ、そんな事って……っ」

が、腕の中で小さく身動ぎする度に、花のような香がふわりと鼻をくすぐる。全身に鳴り響く鼓動が喧しい。

「……なあ、さっき言いかけた事、言ってくんねえの?」

その言葉には肩を震わせる。おずおずと俺を見上げ、視線が合うとすぐに逸らした。顔を赤くしたの唇が、ゆっくりと開かれる。

「……わ、私、丸井くんの事が、」

は言葉を切り、息を吸う。そして、すき、と小さな声で言った。空気を僅かに乱しただけの二文字が胸に響く。胸を震わせる。

「……うん」

咽喉が詰まってそれ以上声が出ない。ただ、を抱き締める腕の力を強くする。それに応えるように、は俺の背中にそっと触れた。


('05.10.31)







一年がかりのシリーズでしたが最後まで読んで頂き有難うございました。
以下、蛇足のため、反転。

タイトルは、大好きな作家さんの小説から。内容は全然関係無いのですが(あちらはホラー……)。
今まで見てなかった、見えなかった面を見て、それまでの印象ががらりと変わる、という話が書きたくて、思いついた話でした。
本当はそこで完結のつもりだったのですが、私自身、このヒロインとブン太がどうなるのかなあと思って(え?)続いてしまった訳です。何でしょう、完結させても続きを書きたくなるんですよね……。だから、完結、とは銘打っておりますが、うっかりその後の話を書くかもしれません……(笑・またか。このパターン多いな!)

ヒロインが描いたのは油絵か水彩画か迷ったので、はっきり書きませんでした。私自身、美術部だったので、その経験を生かして書いたつもりなのですが、デザインをやっていたので色々とおかしい点もあるかもしれません(でも木炭デッサンはやってましたよ。一番やってたのはレタリングですけど)。お見逃し頂けると幸いです。