『一年A組、』
名前を呼ばれたはおどおどしながら壇上に昇っていく。コンクールに出した作品が入賞したは、はにかみながら表彰状を受け取っていた。
Waxing and waning
……苛々する。
強くなる陽射しの下、俺はラケットでボールを掬ってカゴに入れた。高等部に上がりテニス部に入部したものの、一年はまだ球拾いと基礎練習しかやらせてもらえない。早く、早く、コートに立ちたい。一年前まではコートの中心に居たのは俺だったのに。
―――幸村や真田は柳は、中等部の時のように立っているのに。
「……あー、あちぃ」
こめかみを伝う汗をシャツで拭いながらぼやくと、横に居て同じように球拾いをしていた柳生が笑った。
「今日は三十五度まで上がるそうですよ」
「……体温と変わらねえじゃねえか」
「ですね。熱中症にならないよう気を付けませんと」
そう言った柳生はどこか涼しげだった。
***
「あ、ブン太くん、お疲れ様」
下足棟の入り口で俺を待っていたはにっこりと笑う。その手にはいつも持っているクロッキー帳と、筒状に巻かれた賞状があった。
「それ……」
「あ、うん。集会で貰ったやつ。恥ずかしかったよー……」
えへへ、と照れながら言ったに、無性に苛立った。
「……いいよな、お前は」
「……え」
「才能があって、賞も取って。それに、美術部はレギュラーとか無いからな」
は見る見る顔を青ざめさせた。しまった、と思ったけど言ってしまったことを取り消す術は無い。その表情を見ていたくなくて踵を返した。
「……悪ぃ、俺、残って練習していくわ」
テニスコートに戻り、バッグからラケットを取り出していると後ろから声がかかった。
「……らしくないのぉ」
「……んだよ、仁王。帰ったんじゃねーのかよ」
仁王はにやにや笑って続ける。
「帰ろうか思うたら、誰かさんが八つ当たりしとったから気になってな」
八つ当たり。その通りだった。胸にあるもやもやの行き場が無かったからにぶつけただけだと。俺は何も言い返すことが出来なくて黙り込む。
「ま、早う謝ることじゃな。長引けば長引くほど、修正は効かんよ」
「……んなこたぁ、分かってんだよ!」
他の誰よりも自分が、一番。
***
「丸井くん、話があるんだけど」
翌日の昼休み、声に顔を上げるとそこにはの親友のが立っていた。
「何だよ、」
「……に、何を言ったの」
抑えてはいたけど、は今にも俺の胸倉を掴みそうな勢いだった。
「……聞いてねえのかよ」
「はそういうことは何も言わない。知ってるでしょ。でもが落ち込むなんて、丸井くんのことしかありえないじゃない」
落ち込んでいた、と聞いて気持ちが暗くなった。俺が黙っているとは畳み掛けるように続ける。
「早く何とかしてよね。何とかしなかったら……許さないんだから」
言葉の締めに俺を睨みつけ、は教室を出て行った。
***
「……大したこと、無いくせに」
美術室から漏れてきた剣呑さを含んだ言葉に、俺は足を止める。
「賞を取ったからって、いい気になってんじゃないわよ」
美術室から二年生だろうか、二人、女子が出てきた。俺の姿を認めた二人は俺を睨み、通り過ぎていく。今日はどうも女子に睨まれる率が高い。
……何だぁ、アレ。
美術室にはの姿しかなかった。はクロッキー帳を抱え、立ち尽くしている。そのクロッキー帳の表紙にははっきりと分かる程、シューズの跡が付いていて、俺は思わず叫んでいた。
「何だよ、それ!!」
俺の言葉には驚いたように肩を震わせる。
「さっきの奴等にやられたのかよ!?」
「あ……う、お、落としてたから、」
「落としてたって踏みつけていかねーだろ!」
困ったようには頷く。
「、お前……、何で怒らないんだよ!」
どうして俺はこんなに腹立たしいのだろう。彼女を傷つけられたこともそうだけど、自分がしたことを見せ付けられたかのようで居た堪れなかった。さっきの二人のことを糾弾する資格は俺には無いのだ。は目を伏せ、それから思い詰めたような顔をして俺を見上げる。
「怒ってない訳じゃ、無いよ……。でも、入部して直ぐの私が賞を取って、面白くない気持ちも、分からないでは無いから」
「だって、お前……努力してるじゃん」
俺が部活を終える時まで、彼女は美術室に残ってデッサンをしたり作品を創り上げる努力をしている。一朝一夕で彼女は絵を描き上げている訳じゃないことを、誰よりも俺はよく知っている筈なのに、八つ当たりであんなことを言ってしまった。そのことを苦く感じていると、視線を彷徨わせた末、は呟く。
「努力って、人に認めてもらうためのものかな」
真っ直ぐに見つめられて俺は戸惑った。
「ブン太くん、私はテニスのことも、ブン太くんのつらさも分からない……。分かりたいと思うけど、きっと出来ないの……。それでもいい? それでも私と……付き合って、くれる?」
は泣きそうな顔で言う。
「俺は……お前が何かしてくれるから付き合ってる訳じゃねーよ」
「うん……」
「それと、昨日は……悪かった、ごめん」
「……うん?」
「完全に俺の八つ当たり」
ぎゅ、とクロッキー帳を抱きかかえては眉を下げたまま微笑む。
「……ちょっと嬉しかったって言ったら変かなあ?」
「はぁ?!」
は顔を赤くし、目を逸らしながら続ける。
「ブン太くん、愚痴とかそういうこと、言わないでしょう。だからびっくりしたけど……私に言ってくれて……嬉しくもあったの」
「……お前さー……」
俺は手を伸ばしてクロッキー帳ごとを抱き寄せた。
「ブン太くん?!」
「いちいち可愛過ぎんだよ、バカ」
俺だって絵のことは何も分からない。でも、分かりたいと思う。が見ているものを見ることは出来ないけど、それごと抱き締める覚悟はあるんだから。
「……よし、帰るぞ」
「え、でもブン太くん、部活は、」
「今日は休みなんだよ。何か食いに行こーぜ。大声出したら腹減っちまった」
「……私、この前連れて行ってくれたお店のパフェが食べたいなあ」
「おう、任せとけ!」
俺の言葉には笑う。曇りの無い笑顔に俺まで笑顔になってしまった。
これから先もに八つ当たりしたり、想像出来ないけど、が俺に八つ当たりすることもあるのかもしれない。それでも互いに、少しでも、分かり合いたいと思う気持ちがあるなら、ぶつかって修復してを繰り返していく。
月が、欠けても満ちるように。
('06.8.5)
タイトルは「月の満ち欠け」のこと。帰ってきた美術室シリーズです。以下、蛇足。
高等部入ってすぐは球拾いとかだよねー(よく分からないけど<文化部だったもの)、そんな時に彼女が賞を獲ったりしたら焦って苛々しちゃったりするよねー、とか。
完結させた筈なのにお話が広がってしまいました。いつものこと。
ちなみに私はこんな経験無いんですけどね……嫌味言われたりとか。先輩後輩達と仲良しのゆるーい美術部でした(締め切り前しか活動しなかったしな)。
なので体育会系の子達のミーティング(という名の呼び出し)の話を聞いて真剣にびびってました。こわすぎる。
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