「じゃあ、ブンちゃん、やくそくね?」

そう言って差し出した小指を見て、彼は言った。

「……だれがゆびきりなんかするか、ばーか」

あの後、私はわんわん泣いて、ブンちゃんは先生に怒られた。先生に言われても、決して小指を出してはくれなかった。








約 束 は 要 ら な い












「……お、早いじゃん。はよ」

日直日誌に手を伸ばした私は固まる。声の方を見ると、丸井くんがガムを膨らませている所だった。日誌を取って、職員室を足早に出る。丸井くんは、その後をついてきた。

「何だよ無視? パートナーに向かってそれはねえんじゃねぇの?」
「……仕事は私がするからいいよ」

小学校は公立に行ったけど、中学校は私立を受験した。
これで丸井くんと離れる事が出来る、そう思ったのに、まさか丸井くんも立海を受けていたなんて。それでも、小学校では同じクラスになったことは無かったから、安心していた。なのに、生徒数が多い立海で同じクラスになってしまった。あんなになりたいと思っていた時は叶わなかったのに。

入学式後のHRが終わった教室で、彼はにっこり笑って言った。久しぶり、と。何も無かったみたいに言う彼が腹立たしくて、嬉しいと思う自分に苛ついて、結局何と答えたのか覚えていない。それから出来るだけ避けるようにしていたのだけど、同じクラスということは、こうして二人で日直をやらなければいけない日もある、ということだ。昨日の夜は緊張してよく眠れなかった。

「そーいう訳には行かねーだろぃ」
「行くよ。私だけで出来るもん」
「何だよ、可愛くねーの」

―――もう、駄目だ。泣きそう。
そう思った瞬間、鼻の奥がつんとして、涙が溢れていた。頬を伝う涙が熱くて、止まらなくて、堪え切れなかった嗚咽が漏れる。

「げ、何泣いてんの、オマエ」
「もう、いいって、言ってるのに……!」
「泣くなよ、俺が泣かせたみてーじゃねぇか」

その通り。それを、口にする事は出来なかった。顔を隠すように両手で覆う。廊下に涙の染みがいくつも落ちた。視界が霞む。

「き、嫌いなのに、どうして話し、かけるのっ。もう、やだ……」

しゃくりあげながら言葉を紡ぐと、丸井くんは困ったように眉根を寄せる。

「俺、嫌いとか言った覚えねーけど」
「だ、だってっ、ブンちゃん、ゆびきりっ、して、くれなかった!!」
「……はぁー? 、オマエ、それいつの話だよ」

丸井くんは、ブンちゃんは私の下の名前を呼んだ。声は変わってしまったけれど、変わらない響きに胸の奥が音を立てた。


*




ずっと、忘れたことが無かった。卒園式まであと少しの幼稚園での事だ。

「はるからしょうがくせいだね」
「そうだな」
「ブンちゃんとはなれるの、やだなあ……」

折角、今は同じクラスなのに。

「おんなじしょうがっこうだろ」
「そうだけど……もし、もしね」
「なんだよ」
「ちがうくらすになってもいっしょにいてくれる?」
「おう」

ブンちゃんは笑ってくれたから、私はすっかり調子に乗ってしまったのだ。

「じゃあ、ブンちゃん、やくそくね?」

そう言って差し出した小指を怪訝そうな顔をして見た彼は言った。

「……だれがゆびきりなんかするか、ばーか」




*


一緒に居てね、と言ってあの時差し出した小指に小指を絡めてくれなかった事を、未だに覚えている自分が、あまりにも執念深くて嫌になる。
でも本当に嫌なのは、それでもブンちゃんを好きな自分だ。
同じクラスになる事の無かった小学生の間も、好きで好きで、移動教室や行事がある度にブンちゃんの姿を探していた。

離れれば忘れると思ったから立海を受けたのに、居るんだもの。
幼稚園からずっと好きなんてありえないと思うのに、諦められないんだもの。

「まさか……、それでずっと俺を避けてたのかよ?」
「だ、て、嫌われたんだと、思って、た……」

、」

ブンちゃんの声に顔を上げると袖でぐい、と涙を拭われた。驚きで涙が止まる。

「オマエは俺のこと、嫌いなのかよ」
「嫌いじゃ、ない」

そっか、とブンちゃんは笑った。

「俺も、オマエのこと嫌いじゃないぜ」
「え、でも、」
「むしろそれ、逆だから」
「……逆?」
「そ」

そう言って私に手を伸ばす。訳が分からなくて躊躇していると、私の手を取ってブンちゃんは歩き出した。

「ほら、行くぞ」
「う、うん……」

手を繋いで歩く廊下には、朝早いせいか人気がない。さっき泣いた余韻で、目が腫れぼったかった。涙の跡で引きつる頬をこすりながら、少し前を行く背中に問いかける。

「……ねえ、ブンちゃん」
「何だよ」

彼は立ち止まり私を振り返った。

「何で、ゆびきりしてくれなかったの」
「まだ言うか」
「だって、」

私が言い募るとブンちゃんは面白くなさそうな顔をした。負けずに見つめていると、はあ、と大仰にため息をついた後、口を開く。

「守れるとは思ってたけど、もし守れなかったら、はりせんぼん飲まなきゃいけねーだろぃ」
「―――は?」
「そんな事、出来っか」
「……っふ」

廊下に私が笑い転げる声が響く。さっきとは違う涙が目尻に滲んだ。

「だ、だから、してくれなかったの?」
「……悪ぃかよ」

あんなに泣いたのが嘘みたいに笑いが止まらない。お腹まで痛くなってきた。
ブンちゃんは、舌打ちして私の手を引く。

「大体なあ、ゆびきりなんてしなくても、俺は一緒に居るつもりだったんだ」
「……え?」
「……約束なんて要らねえって事だよ」

ブンちゃんを見ると、照れたように顔を赤らめガムを膨らませた。膨らませたガムはすぐに弾けて、グリーンアップルの香りが漂う。ブンちゃんは得意そうに笑った。

「分かったか」
「……うん」

繋いだブンちゃんの手が、ほんの少し熱くなる。私の手も熱いから、よくは分からなかったけど。
……うん、いいよ。ゆびきりしなくても、こうして手を繋いでくれるなら。
私はその手を、しっかりと握り返した。










「LOVE STORIES」様に提出させて頂いたものです。
お題を持ち寄って、あみだでどのお題を担当するか決めるという、楽しみだけど、どきどきな企画でした。
私が当たったお題は「ゆびきり」。
当初、仁王か忍足で書こうと思ったのですが、どうしても書けなくて(何だか悲しい話になりそうだった)、ブン太になりました。
分かりにくいですが、中一の頃のお話。あわあわしながら書きましたがとても楽しかったですv