ただそっと、見ているだけで満足だったのです。










ユーフォリア―euphoria
T:目で殺せ











さん」

その声で、わたしは誰に呼ばれたのか分かった。くるりと振り返ると予想通りの人物が居てつい口元が緩みそうになる。

「何?」
「今日の放課後、お時間ありますか」
「え、はい、あります、けど?」

柳生くんはにっこりと微笑んだ。

「先日のアンケートの集計、やってしまいましょう」
「でも……部活はいいの?」
「部長に言ってありますから。では、放課後」

その背中を見送りながらぼうっとしてしまった。柳生くんの笑顔は心臓に悪い。いつも正確にわたしの胸を射抜くから。



***



友達に誘われて観に行ったテニス部の試合でわたしは恋に落ちた。
学生らしからぬ丁寧な口調に穏やかな風貌のクラスメイトを、それまでも素敵な人だな、とは思っていた。でも普段見たことの無かった静かな闘志を見た瞬間、鼓動が速くなった。それ以来、他の人のことなんて目に入らない。一挙手一投足を息を詰めるようにして見つめている。

でも、見つめているだけで満足だった。この前、隣の隣のクラスの、何ていう名前だったか忘れたけど、クラスメイトの男子が、いいよな、って言ってた女の子が、柳生くんに告白して振られたと聞いた。と教室移動している時教えてもらって顔を見たのだけど、断ったのが不思議な位可愛い子だった。そんな彼女の告白を受けなかった彼に、告白なんて大それたことは出来そうに無い。自分が傷付きたくないだけの逃げだって分かってるけど。



***



アンケート集計は思ったより時間がかかった。

「……さっきから時計を気にしていらっしゃいますね。本当は何か用があったのではありませんか?」
「ち、違う。ただ柳生くんが……」
「私が?」
「……は、早く部活行きたいだろうな、って。ごめんね、わたし一人で済ませれば良かったね」

わたしの言葉に柳生くんは微笑む。

さんが気になさることではありませんよ。それにこれは私の仕事でもあります」

その笑顔はわたしの胸に刺さった。針のように刺さった笑顔はわたしの胸どころか口を衝き動かして。

「―――わたし、柳生くんが好き」

柳生くんは驚いたように目を見開く。口にした瞬間、何てことを言ってしまったんだろうと思った。ただ見ているだけで満足だと思っていた筈だったのに。

「あの、でも……、気にしないで。言いたかった、だけだから」

慌てて言ったセリフにも、柳生くんは何も言わない。沈黙が苦しくてわたしは立ち上がった。

「……ご、ごめんなさいっ」
「待ちたまえ」

その場から離れたかったのに、それは叶わなかった。柳生くんがしっかり、わたしの手を握っていたから。わたしの手を握ったまま、柳生くんは立ち上がる。

「……君は、勝手だ」

冷たく響いた柳生くんの言葉に体が震えた。

「私のことをこれほどかき乱しておきながら、それを気にするなと言う」
「わ、わた、し、そんなこと、」
「気付かないとでも思ったんですか」

そう言ってわたしを見下ろす柳生くんの唇の両端が微かに上がる。うっかり見惚れて、逃げようとしたのを忘れてしまった。

「ずっと見ていたでしょう……私のことを」

微笑の形を象った唇から落ちる言葉はわたしを追い詰めていく。

「あんな目で見られて、気付かない訳が無い」

ぞくり、とつめたいもので撫でられたみたいに背中が粟立った。吐き捨てるように落とされた言葉は心臓の鼓動を速める。
……気付かれて、いた。
気付かれないように、でも、気付いて欲しいと思いながら見ていたくせに、いざ気付かれてしまうとどうしていいか分からない。

「ご……ごめんな、さ、」
「何故謝るんです?」

わたしを見据えた柳生くんの瞳は、硝子によって遮られている筈なのに逸らすことが出来なかった。痛くは無いけど手首はしっかりと掴まれていて身を捩ることさえ叶わない。

「さっき言ったのは……嘘だと?」
「嘘じゃない!」

思わず叫んだわたしを柳生くんは黙って見下ろしている。その目を見上げてわたしは呟いた。

「ずっと、ずっと見てた……柳生くんのことが好きだから」

柳生くんは何か言いかけようとして口を噤む。ため息をついた彼の頭がわたしの肩に乗った。

「……や、柳生くん?」

柳生くんは何も答えない。体を動かすことが出来ずにいると、柳生くんは顔を上げた。至近距離で見る端整な顔立ちに心臓の鼓動がますます速くなる。

「視線を感じるといつも貴女が居ました。貴女から視線を向けられるのは落ち着かなかった……落ち着かないのに、視線を向けられていないと寂しいと思っていました」

何て言っていいのか分からずに見つめ返すと、柳生くんの唇が綺麗な弧を描いた。

「私も貴女が好きです」

やわらかく細められた瞳から目が逸らせない。このままではしんでしまう、そう思った瞬間、柳生くんがわたしの目に手を翳す。

「……あまり、見ないでください」
「え?」
「その目で見られると、ころされてしまいそうです……」

それはこっちのセリフです、と返したかったけど呼吸がままならなくて返せなかった。


('08.9.22)











「ユーフォリア」とはイタリア語で幸福感のことです。牧野由依ちゃんの歌のタイトルから。歌詞からでは無く、響きが好きだったので。
以下蛇足。
さりげなく黒い(?)柳生さんを書いていこう! ということで、私の中では「くろやぎ(黒柳生)」連作という呼称です。内容的にはお付き合い中のもだもだというか、らぶらぶ甘々なところを書きたいと思ってます。「くろやぎ」で(笑)。ちなみに物騒な章タイトルは、起承転結の例として有名なこれから。

起:京の五条の糸屋の娘
承: 姉は十六妹十四
転:諸国大名は弓矢で殺す
結:糸屋の娘は目で殺す

構成を考える時は思い出す……(書いてる時は何も考えてないから)。