これのおかげ、と言うにはちょっと痛いんだけど。










ユーフォリア―euphoria
U:怪我の功名











「……あ、」
「え?」

わたしは呆然と自分の左手を見つめる。声に顔を上げた柳生くんも顔を上げかけた格好のまま固まった。そんなわたし達にお構い無しに左手には血が滲んでいく。

「な……何ぼうっとしてるんですかっ!?」
「だって、血が、」
「そんなことは分かってます!」

放課後、A3サイズに印刷されている、A4サイズのアンケートを切り分けていた。何枚目かのプリントを半分に折って、カッターを差し入れたまでは良かった。問題は手を添えた位置と、勢い良く動かした右手だ。気付けば左手まで切ってしまっていて、流血していた。と言っても見た目ほど大した傷じゃ無さそうだ。

「でも、そんなに深く無さそう……」
「深い深くないの問題じゃありません!」

……ごもっともです。
柳生くんはわたしの手を掴み心臓より上に上げさせた。今更ながらじんわりと傷が痛む。痛痒い、とでも言うような、痛み。柳生くんはハンカチを取り出し、傷に押し当てた。

「え、ハンカチ汚しちゃう、」
「構いません」
「でも……血って落としにくいし、」
「ちょっと黙っていなさい」
「……はい」

何時も穏やかに微笑む柳生くんの姿はそこに無く。

さん……君は、どうしてこうなんでしょう」

青ざめて見える柳生くんが、ため息をつきながら言った言葉にわたしは小さくなるしか出来ない。―――本当に、どうしてわたしはこうなんでしょう。

「ごめんなさい……」
「謝ることではありませんが、もう少し注意深く生きて頂かないと困ります」
「はい……」

傷が痛いのと自分が情けないのとで涙が出そうだった。奥歯を噛んで涙を必死に堪えていると柳生くんは続ける。

「ただでさえ目が離せないのに……こういうことばかりだと何処かに閉じ込めてしまいたくなるでしょう?」
「え」

息が、止まるかと思った。顔を上げると柳生くんは微笑む。

「だから、気を付けてくださいね」
「……はい」

傷に押し当てていたハンカチを外し傷を確認した柳生くんは、バッグから絆創膏を取り出した。それを傷に貼ってくれながら柳生くんは訊く。

「痛くありませんか?」
「うん、有難う」
「では、さっさと終わらせてしまいましょう」

そう言って、バッグにハンカチを仕舞おうとした腕を必死で掴む。

「どうしました?」
「あのっ、洗って返すからっ」

これだけは何と言われようと譲れない、そう思って柳生くんを見ると、苦笑を浮かべた。

「……分かりました、お願いします」
「うんっ」

その後、作業を再開しようとしたわたしはカッターを取り上げられたので、切り分けられたアンケートを揃えただけだった。しょんぼりしながら揃えていると、柳生くんが頭を撫でてくれたのですぐに浮上する。絆創膏を貼られた傷はじんわりと痛んだけど、見たことの無かった柳生くんを見られて嬉しかった、なんて言ったらまた呆れられてしまうだろうか。


('08.10.3)










以下蛇足。
くろやぎ・その2。
痛いのを書くのは苦手なのに、流血ネタが好きってどういうこと? 編。
注射されるのは見られないんですが(怖い)、傷口とか血はまじまじと観察してしまいます。ちなみに、書いてないですがこの二人はお付き合いを始めています(書けよ、って話ですが)。