寄り添うだけで気持ちが伝わればいいのに。
ユーフォリア―euphoria
V:以心伝心
「えー、そんなの絶対嫌」
は顔をしかめて言い放つ。
「ど、どうして?」
「何でも伝わってしまったら困ることもあるでしょ」
「そうかな……」
「そうだよ!」
強く言ったにため息をついて見せた。
「だってうまく言えないんだよね……」
わたし達は言葉無しで気持ちを伝え合うことが出来ない。そっと触れる手や注がれる眼差しだけで分かり合えたら素敵だと思う。でもそれだけじゃ物足りなく思うし、分からないのも事実だ。わたしの感情はわたしにしか分からない。分かりたいと思ってくれても、伝えたいと思っても、100パーセントは無理なのだ。
だからわたし達は言葉を使う。だが全てが正しいとは限らないし、全て伝えることは出来ない。それでもそれ以外をわたし達は持ち合わせていないから、不完全な言葉を使うしか無いのだ。時には惑わされたりしながらも。
気持ちを伝え合うことが出来る言葉を獲得した代償は、言葉に振り回されること、だなんて、何て皮肉だろう。
は、け、と小さく呟く。
「惚気なら他でやってくれる?」
「の、惚気じゃないもん」
「惚気にしか聞こえません」
◇
「……ああ、それはそうですね」
とのやりとりを話してみると、柳生くんはあっさりと頷いた。わたしは落胆の色を隠し切れずに唇を噛む。
そりゃわたしだって包み隠さず全てを話せるような清廉潔白な人間じゃない。ただこの胸で身動ぐ曖昧な感情を、曖昧なまま、上手に伝えられたらいいなと思う。いびつでも、綺麗で無くても、ひたすら真直ぐに届いて欲しいと思うのは欲張りかな?
柳生くんは苦笑してわたしの頭を撫でた。
「がっかりさせてしまいましたか?」
「や、そうじゃなくて……自分が歯痒いなあって」
先を促すようにわたしを見つめる目は穏やかで胸に在る感情がじわりと温まる。
「もっとわたしがたくさん言葉を知っていたら、的確に伝えられるのにね……」
「貴女は十分そうしてくださっていますよ」
「……そう?」
「ええ。ただ、全て分かってしまうことがいいことだと私は思えないだけです」
「え?」
柳生くんは小さく忍び笑いを漏らしわたしの耳に唇を寄せる。鼻を掠めた柳生くんの髪と香りでわたしは体を強張らせた。
「だって私の考えていることが分かられてしまったら―――貴女に逃げられるかもしれませんから」
耳を押さえて柳生くんを勢い良く見上げると、柳生くんの唇は綺麗な弧を描く。
「や、」
「―――ああ、もうこんな時間ですね。部活に行きませんと」
「あ、はい」
腕時計に目を落として告げた柳生くんはいつも通り。
「いつもお待たせしてしまって申し訳ありませんね」
「ううん! わたしが待ってたいだけだから!」
「……有難うございます。ではまた後程」
さっき見せた牙など嘘のように柳生くんは微笑む。部活に向かう柳生くんの背中を見送りながらからまる思考の糸を解きほぐそうとしたけど上手く行かなかった。透けて見えた柳生くんの感情を思い出すだけでわたしの体は震える。
……顔、熱い。
体が震えるのは恐怖のせいばかりではない、と初めて知った。
('08.10.26)
一週間遅くなりましたが、やぎゅ、お誕生日おめでとうございました!
以下蛇足。
くろやぎ・その3。逃げられる、だなんて何考えてるんだ柳生! 編。
言葉無しでは〜云々辺りを書きたかったのでした。しかし、「くろやぎ」は名前をなかなか呼んでくれません……何故。
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