私も、辺しか見てなかったんだ。










04.キ ス と 涙 と 夏 の 嘘










侑士は、コートから離れたベンチに座っていた。

「……侑士」
「おー、か」

私の呼びかけに、軽く片手を上げる。

「あの、おつかれさま」
「ん」

タオルを頭から被った侑士の表情は覗えない。

「……びっくり、した」
「何が」

私は、汗をかいたペットボトルを両手で持ったまま、侑士の前に立った。

「侑士が、あんな」
「あんな?」

私の手からペットボトルを受け取り開けようとしたけど、力が上手く入らないみたいで、侑士は舌打ちする。

「貸して」

開けてから手渡すと、おおきに、と素直に受け取った。

「本気の、侑士を見たから」
「今まで違おたみたいやん」
「ううん。今までも、本気だった。それは知ってる」
「さよか」
「でも、今日のは、」

そこまで言って涙が零れる。

「な、何で泣くんや」

焦ったように言う侑士の声を聞きながら、私は顔を覆った。
壊れたみたいに涙が後から後から溢れる。

「侑士が、勝ったのが、嬉しくて」
「はあ?」

侑士が勝つのも、少ないけど負けるのも、何度も観てきた。
でも、今回は。
前回、青学と対戦した時よりも緊張して、息を詰めて試合展開を観てた。


優しいけど、どこか冷たい人だと思ってた。決して、熱くなったりする事無く、飄々と生きている人だと認識してた。
どうしてそんな事思ってたんだろう。努力して今の侑士が居るんだって、勝ちに執着しない人なんて居ないんだって。そんなの、考えれば分かる事なのに。

何かで読んだ事がある。
人は立方体を見ても、辺しか見ずに、面を見ずに、立方体だと認識するのだと。
私も、この人の、辺しか見てなかったのかもしれない。それはとても悔しい、と思ったのだけど。今日、ちゃんと、面を見られる事が出来た気がして、嬉しかった。改めて、どきどきさせられた。

「侑士が……喜んでるのが、嬉しいの」
「……そう見えるんか」
「喜んでるでしょう」
「……別に」

ふ、と笑って嘯いた彼は、いつも通り低温な笑みを浮かべていて。私の手を握って、囁くように言う。

「あー、もう、泣くなや。嬉し涙でも、が泣くのは嫌やねん」
「だ、って止まらない……」

顔を上げると、ち、と侑士はまた舌打ちした。

「桃城め……」
「えっ?」

さっきまでの対戦相手の名前を出して、私の手を撫でる。

「アイツのせいで、力が入らん。本当やったらぎゅーってしたいんに」

桃城くんと握手した時みたいに、面白く無さそうな顔をした。思わず、笑みが漏れる。

私達はまだ子供で。
何かに熱くなっているところを見られるのも、格好悪いとか思ってしまうけど、本当は水の下で足を掻く水鳥みたいに必死なんだ。そしてそれは格好悪い事では無いと、胸を張りたいんだ。
……まだ、見てない面がたくさんあるんだろうな。
私は腕を伸ばし、侑士の頭を抱えるように抱き締めた。

「なっ……、?」
「本当に、おめでとう侑士」

その髪にキスをすると、侑士は小さく笑う。

「……そんなとこにキスせんと、口にしたらええやん」
「……そうね」

私は笑って、顔を上げた侑士に唇を寄せた。
心からの、祝福を込めて。


('05.8.8)






遅ればせながら、忍足おめでとうという事で!!
(普段、忍足と呼んでいるもので、侑士と呼ばせると非常に居た堪れなくなります。書いてて「ぎゃー」と叫びたくなる……)
もう本当に嬉しかったです勝ってくれて(ノンブレス)。
ええと、三題噺のようになってしまいましたが、何とか、お題には添った内容に、なってる、といいな……(弱気)。