幸村くんとはクラスが違うのだけど、委員会でたまたま隣に座った事がきっかけで、何となく話すようになった。彼は、とても有名な人だったので(立海男子テニス部で、一年からレギュラーだなんて!)、最初、萎縮していたのだけど話してみると意外と気さくな人だった。
何時しか、委員会を楽しみにしている自分に気付いて、移動教室なんかの時には彼の姿を探していて。
だからと言って、私は何か行動を起こそうなんて思ってなかった。こうして偶に話せるだけで、十分だと思っていたのだ。
その日も、委員会があった教室で幸村くんと話していた。
「、」
「え?」
名前を呼ばれ顔を上げた私の唇に触れた柔らかな感触と温もり。
……え、いま、なに。
呆然としている私に、じゃあまたね、と言葉をかけて幸村くんは教室を出て行く。私は、その背中が去っていくのを馬鹿みたいに見続けていた。
……その二日後、彼が入院したと聞いた。
08.気 持 ち を 伝 え る 術 を 知 ら な い
受付の手前で、さてどうしようかと思っていたら前方から同じクラスの真田くんが歩いてきた。私の姿を認めると、彼は眉間にしわを寄せる。
「……?」
「真田くん、幸村くんのお見舞いに行ってきたんだよね? 病室、教えて貰えるかな」
「それは構わんが……お前も見舞いに来たのか?」
「それ以外に何があるの?」
「いや、」
そう言って、真田くんは困ったような顔をした。
彼―――、幸村くんが入院したと聞いて一ヵ月。
ようやく決心してここに来た。
ベッドの上に半身を起こしていた彼は、私の姿を見ると微笑んだ。元から儚げに笑う人だったけど、病院という場所のせいかその笑顔は一層儚く見えた。
「来てくれたんだ?」
「あ、うん。あの、これお見舞い」
私は買ってきた、ケーキの入った箱を差し出した。
「わざわざ有難う」
「ううん」
ふと沈黙が落ちる。幸村くんは来訪の理由に気付いているのだろうけど何も言わない。仕方無く、口を開いた。
「何で……あんな事したの」
「あんな事って?」
にこにこと穏やかな微笑を浮かべたまま、幸村くんは言った。私は言葉に詰まる。
「ねえ、」
……確信犯だ。
柔らかな微笑に不似合いな、不穏な単語が脳裏に浮かんだ。
「……幸村くんて、実は意地悪だよね」
「心外だな」
軽やかな笑い声を立てる幸村くんの目は笑ってない。
「……気にして欲しかったんだ、俺の事」
「え?」
私が目を丸くすると幸村くんは、にやり、と唇の両端を上げた。
「……って言ったら信じてくれる?」
私は嘆息する。
「信じる信じないはともかく、気になって眠れなくなったよ。作戦成功だね」
「……本当はあの翌日言うつもりだったんだ」
目を伏せ自嘲気味に幸村くんは言った。
「こんな事になっちゃったけど」
その言葉に私も目を伏せる。落とした視線の先にはテニスをやっているのに白い手。
……嬉しいのと哀しいのがごちゃまぜで言葉にならない。
私は、ただ彼の手に触れた。しっとりと冷たい手に胸が軋む。
「?」
不思議そうに私を見上げた幸村くんの頬に口付けた。憎たらしい位、滑らかな頬だった。一瞬、幸村くんは驚いたように目を見開いたが、すぐに笑う。やわらかな笑顔と自分が今してしまった事で顔が熱くなった。
「……どうせなら唇が良かったな」
「それは、幸村くんが戻ってきてからね」
私が頬を押さえながら言うと彼は可笑しそうに肩を揺らした。
「仕切り直し?」
「そうよ。……だから早く戻ってきて」
幸村くんは触れていた私の手をそっと握る。骨張った大きな手は大事なものを扱うように私の手を包みこむ。その仕草に、体温に、私は何だか泣きそうになった。
「……約束する」
祈りのような言葉は橙色に染まっていく病室に静かに響く。答える代わりに、幸村くんの、少し体温が上がった手を握り返した。
('05.2.28)
私の幸村に対するイメージってこんなです。絶対あの人黒い人だ……!!
りっかいしつもん箱を読んでから確信を深めました。
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