私は先程のホームルームで配られた用紙を前にして、眉間に皺を寄せていた。進路調査票と書かれたそれはぺらぺらのA4サイズの紙でしかないのに、ひどく重い。前の席に座っていたが用紙を手に振り向いた。
「、何処行くて言うてたっけ?」
「女子校に行く……」
「……突然何やの」
呆気に取られたようにが呟く。
「女子校やったら謙也と違う学校になるやろ」
「何でよ。同じ学校行きたいんちゃうの」
「だって、そしたらまた……迷惑かけてまう」
傍に居るから、面倒見のいい謙也の手を煩わせることになるのだ。いい加減、謙也に頼るのを止めて、ひとりでも大丈夫にならなくちゃ。
……もう謙也を振り回したない……。
傍に居たい。迷惑かけたくない。傍に居て欲しい。困らせたくない。どれも嘘じゃないのに、全てを叶える術は無い。この前の彼女が言ったように、傍に居たら謙也を振り回すことになるのだから。
「迷惑て、」
「かけてるやろ。具合悪ぅなる度、連れ帰ってもろたり」
謙也を好きになればなるほど、申し訳無い気持ちも育っていった。同情、では無いと思いたい。でも従姉妹だから構ってくれるのだと知っている。この想いも、きらきらの光の粒を振り撒くみたいな謙也に、ただ憧れているだけなのかもしれない。
「ほんまに嫌やったら謙也くんかて面倒見ぃひんやろ」
「……謙也は、そういうとこ優しいから」
明るくて誰からも好かれる謙也。テニスの腕だけじゃない、頭だって良くて、この気持ちに気付きさえしなければ、ちょっとアホやけど自慢の従兄弟や、と笑っていられただろう。白石くんが側に居るから目立って知られてはいないけど、告白だって何度もされているらしい。おちゃらけた性格と言動に霞んでいるが、謙也もまた、端正な顔立ちをしているのだ。この前の彼女も、そんな謙也を好きな人のうちの一人なのかもしれない。
……ああ不味い。
体の奥底に湧く、熱がじわりと広がっていくような感覚を、やり過ごそうと目を閉じる。今度目を開けた時にはこの気持ちも何もかも消えていればいいのに。
◇
「……どういうつもりや」
「え……?」
謙也が呟いた声は低く、怒っているのだと容易に知れる。帰り支度をもたもたと整えていると謙也が現れた。今日は心配させるようなことをしていない筈だけど、と訳が分からなくて謙也を見つめていると、謙也はため息をつく。
「に聞いた」
「?」
ますます訳が分からない。私が眉間に皺を寄せると、謙也は腕を組んで口を開いた。
「女子校行く、て何やねん」
「あ……」
私は俯いて唇を噛む。が、喋ってしまったのか。
……恨むで、。
謙也はそんな私の頭上から呟いた。
「……俺は、俺がしとったことは迷惑やったんか?」
「ちっ、ちゃう!」
囁くような問いかけに、勢い良く顔を上げる。謙也は何処となく哀しそうな表情を浮かべていた。
「謙也が迷惑やのうて、私や。私が、謙也の……足枷になってるんや」
今度は謙也が、訳が分からない、というように眉を寄せる。畳みかけるように続けた。
「従姉妹やから、しゃあないのは分かるけど、私なんかに構わんでええねん! 私は、大丈夫やから、大丈夫になるから、」
大声を出したせいか頭がくらくらする。謙也はそれに気付いたのか、肩に手を伸ばしてきた。
「そんな叫ばんでもええ。無理したらまた熱出るで」
これ位にも耐えられないなんて、何て忌々しい体。私は何度か深呼吸して再び口を開く。
「せやから……、せやから、そうやって無理して謙也が面倒見ぃひんでもええ、て言うとるの……」
「……誰が、んなこと言うた」
私の肩を掴んだ謙也の手に力が籠る。顔を上げると謙也は険しい表情で私を見下ろしていて、うっすらと熱を帯びる体とは裏腹にお腹の底が冷やりとした。
「だ、って」
「あのなあ、」
ため息をついた謙也は視線を合わせてくる。
「……はい」
「何敬語使てんねん……やなくて。俺は無理とかしてへんで」
真っ直ぐに私を捕える謙也の視線から逃げられなかった。こんな時なのにとくんと胸の奥が歓びで跳ねる。
「大体なあ、従姉妹やからて理由だけでここまでする訳無いやろ。好きな女やから心配で放っとかれへんの位分かれやボケ」
聞き逃がしそうな程早口で放たれた謙也の言葉に、火が点いたみたいに体が熱くなった。
「え……す、好き、て」
「やっぱ、気付いてへんかったな」
吐き捨てるような口調だったけど謙也の頬が僅かに赤いこと気付く。一瞬自惚れそうになった心を戒めるように首を横に振った。
「違うー……謙也は錯覚してんねん。私があんまりにもへたれやから、放っておかれへんだけで、それは恋愛感情とはちゃうわ……」
嬉しくて、だからこそ信じられなくて、謙也の言うことを否定した。謙也は優しいから、それを勘違いしているだけなのだと。謙也は口を尖らせた。
「そんなん俺が決めることやろ。お前がどうしてるか気になって、心配で、いっつも傍居りたい思うんは恋愛感情ちゃう言うんか」
「だ、だから、それは……保護者みたいな感覚で、」
「……保護者はキスしたいとか……い、色々したいとか思わへんやろ」
視線と同じく真っ直ぐな科白の数々に眩暈がする。
「お前からなら迷惑かけられてもええねん」
「……ね、」
「ね? 何や?」
「熱、上がりそう……」
距離を取るように謙也の胸を押すと、謙也はそれを物ともせずに私を抱き寄せた。壊れ物を扱うように背中に腕を回す謙也に顔が熱くなる。ただでさえさっきの告白で混乱しているというのに、拍車をかけるような謙也の行動に私は動けなくなった。
「な、何してんねん、謙也!」
「ああ、やっぱ熱上がってんで」
「だって謙也が、こんなことするから、だから、」
「ん。分かっとる」
密着した謙也の体温に今にも気を失ってしまいそう。心臓の鼓動がばかみたいに速くて、このままじゃ壊れてしまう、と思った。
「……頼むから、傍に居って」
吐息のように落とされた謙也の言葉が首を撫でる。発熱のせいではなく体が震えた。
「お、お願いするのは私の方や……。ほんまにええの? 私、荷物になるばっかりで、何も役に立たへんよ?」
今だって高まる熱のせいで立ってられなくて、謙也にもたれているのに。
「構へん」
「で、でも、」
「お前くらい、何でもないっちゅー話や」
照れ臭そうに謙也は笑った。視線を合わせていられなくて謙也の胸に頬を寄せる。
「……私も、私も謙也が好き。お願い、傍に居って」
おう、という短い返事を聞いて目を閉じた。目を閉じても目蓋の裏にきらきらの光の粒が残っている。
……謙也のが、伝染ってもうたみたいや。
胸の奥はそわそわと落ち着かないのに、私を閉じ込める謙也の腕の中は何処よりも安心出来た。こっそりと謙也を窺うと視線に気付いた謙也は微かに笑う。視界が柔らかく歪む中、謙也の鼓動も速いのを感じた。
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('11.3.17 Happy birthday to Kenya OSHITARI!! )
謙也お誕生日おめでと!
迎えに来る謙也、というのを思いついて広がっていった話でした。皮膚はよわいんですが(すぐ荒れるしかさぶた出来る……)中身はつよいので、こういう経験は無いのですが(滅多に高熱出しません)。ところで色々って何でしょうね(笑・かまとと)?
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