潮騒










「……何してんの、

私は顔を上げずに答える。

「見て分からない?」

細かく写真を千切って火にくべた。

「いや、分かるけど」

佐伯は呆れたように私を見下ろす。脇に置いていた手紙も、カードも全部火の中へ。
丸まって黒く炭になるそれをじっと見つめていた。

「彼氏から貰ったものを燃やしてんの?」
「元彼、だよ」
「……うん」
「炎には浄化作用があるっていうじゃない」
「うん」
「少しは、浄化するかなと思ってね」

でも庭で燃やす訳にもいかないし、と思いついたのはこの海岸だった。登下校時にも、遊びに行く時にも、通り過ぎる海岸には、彼との思い出がたくさんある。海で遊んだ事もあるし、並んで見ながら帰ったりした。

そんな場所で、彼から貰ったものを燃やして浄化する。それは、とてもいい思いつきに思えたのだけど。

「……でも、あんまりさっぱりした気がしない」

彼を好きな気持ちは薄れてくれない。今すぐ炎の中に手を突っ込んで、点いた火を叩き消したい位だった。寄せては返す波は規則正しく、自分の内面の荒れが際立つ。暗い海にこのまま歩いて行きたい気持ちを抑え深呼吸した。

「俺から見てもさ、」
「ん?」
はあいつにめろめろだったからね」
「めろめろって」

苦笑して見上げると佐伯は向かいに腰を下ろした。

「だから、燃やした位ですっきりするとは思えないな。それに浄化ってまるで汚かったみたいじゃないか」
「美しいだけでは無かったよ。嫉妬して憎んで醜くなって」
「それでも好きなんだろう?」

柔らかく優しい声音は出し切った筈の涙を誘う。私はもう一度深呼吸した。

「佐伯は……何してんの」

訊かれないかと思った、と彼は微かに笑う。

「コンビニ行こうと思って。そしたら火が見えたから、気になってさ」

手首にはめた時計を見ると、日付が変わりそうな時刻だった。私は燃え残ってる写真の破片を木切れで炎の中心に押し込む。なめるように炎が包み原型が分からなくなった。ふと佐伯を見ると目が合う。ゆらゆら揺れるあかい炎に照らされた端整な顔立ち。
佐伯は僅かに首を傾げ微笑んだ。

「――何かこういうのあったね」

真正面から見つめられ照れたのを隠すように口を開く。

「ん?」
「その火を飛び越えてこい、だっけ」

状況は違うけど、と笑うと佐伯は立ち上がる。そして炎を飛び越えた。目を丸くして傍らに立った佐伯を見上げると私の頭を撫でて言う。

「月並みな台詞だけど、胸なら貸すよ?」
「……折角の申し出だけど、もう涙は出尽くしたよ」

泣いて喚いて罵って。それでも好きな事に変わりの無い自分が忌々しくて。

「でも泣きそうな顔してる」

佐伯は隣に腰を下ろした。

「……何でそういう事言うかな」

肩が触れそうな距離に涙が滲みそうになる。

を好きだから」
「は?!」

目を見開いて佐伯を見る。

「付け込もうかと思って」

佐伯は、それはそれは美しく微笑んで見せた。

「冗談に付き合うような心境じゃ無いよ」
「冗談じゃ無いよ。には悪いけど、俺にもチャンスが巡ってきたと思ったんだ」

私は呆気に取られてしまった。何気なく酷い事を言われたのに怒るのも忘れて。

「……別れたばかりで、そんな事言われても」
「だろうね。でも俺本気だから。それは忘れないで」
「佐伯って……」

思わず声を立てて笑ってしまった。そしたら涙が零れた。佐伯は腕を伸ばし私の頭を柔らかく抱え込む。

「一人で泣くよりいいだろ?」

火のはぜる音、消えない耳鳴りのような潮騒。目の奥が熱い。両手で押さえても溢れる涙が頬を伝う。しゃくりあげながら私は泣き続けた。そして、私は思う。優しい佐伯の温もりが彼のものであったなら。何て浅ましく、残酷な思考だろう。

「自己嫌悪する事無いよ。弱ってるとこ突いてるだけだから」

見透かしたような呟きに胸が痛くなった。非道な言葉なのに響きは優しくて新たな涙が零れる。何か言おうとしたけど、咽喉が詰まって言葉にならなかった。



***



「落ち着いた?」
「ん……」

涙が収まると佐伯は自販機でお茶を買ってきてくれた。冷たいそれを開けずにまぶたに当てる。泣き過ぎで頭がくらくらした。

「あの、有難うね」
「うーん、そう言われると」
「え?」
「下心有りだからなあ」

佐伯は冗談めかして笑う。私も笑った。

「そういう事って普通言わないものじゃないの」
「だって本当の事だから」

……理由になるのそれは。
私はその視線に気付かないふりをした。靄のように私を包む甘やかな視線を。
……佐伯が人気あるの、分かる気がする。
横顔を盗み見て思った。
佐伯は優しいだけの人では無いと思う。人当たりはいいけど結構腹黒いし。だけど、佐伯はこちらの重荷にならないように手を差し伸べてくれる。……何だ、やっぱり優しいんだなこの人は。

「帰ろう、送るよ」
「コンビニは?」
「絶対要るものじゃないし」
「そう」

差し出された手に首を横に振る。佐伯はちょっと残念そうに笑った。……たぶん。



失った恋の痛みは変わらず胸にあるけど佐伯に会う前より確実に和らいでいた。
――こうして薄れていくのだろう。
気を抜くと襲う痛みに泣きそうになりながらも。少し前を歩く背中を見ながら夜道を歩く。何時か佐伯を好きになるのかもしれない。その日が来たら、迷わず手を取りに行きたい。でも、まだ今は。
私は弱っているし、まだ気持ちが彼にある。空いた穴を埋める為にこの優しい人を利用したくない。それでもいいよ、と言って彼は甘やかしそうだけど。そう思いついて、ふ、と笑いが漏れた。

「何、何か笑わなかった?」
「何でもない」

そう、何でもないのだ。だって嫌でも日は昇って明日になる。明後日になる。残酷に月日が経って何時か懐かしく思い返せる日が来るに違いない。

「……本当に有難う、佐伯」
「いいって」

佐伯は照れ臭そうに笑った。その笑顔は覚えのある感情を呼び、ほのかな火を灯す。柔らかく感じた予感は、傷だらけの私の胸にそっと染み込んだ。


('04.11.17)








そんな訳でサエさんです(どんどん節操無しなサイトに……)。
いや、あの、キャラソンがツボだったんです(書いた頃初めて聴いた)。