踊らされてるって分かってる!
















特別催事場の人の波を見ていたら昨夜盛り上げていた気持ちが萎んできた。
……みんな、踊らされてる!
バレンタイン特設会場には溢れんばかりのチョコレートが並んでいる。製菓メイカーや有名菓子店のもの、製菓用チョコから駄菓子っぽいものまで所狭しと積み上げられている上、ラッピング用品や製菓用器具まで陳列されていて、バレンタインというのは一大イベントであるのだということを目の当たりにしていた。熱気に中てられ、ため息をつきながらお気に入りのマフラーを外す。本当はコートまで脱いでしまいたいところだが、選ぶ時に荷物になるので我慢した。
……って、何やる気出してんだ私。
思わず自分につっこみ入れてしまったが、こうして見ていても始まらない。とりあえず、棚に近付いてみた。空気までピンクや赤い色が付いている気がするのは気のせいだろうか。試しに手近にあったのを取ってみるとお約束のようにハート型をしていた。真ん中にドレンチェリーが飾られたそれはあまりにも意味深長で慌てて元に戻す。こんなにメッセージ性の強いものなんてあげる訳にはいかない。場所を移動しようと歩き出すと、同じように移動する人達に揉まれて何だか本当に挫けてきそうだった。たくさんあり過ぎて、どれを選んでいいか分からなくなってくる。そもそもどうしてこういうことになっているんだろう。甘い匂いが充満した空間で何度目かのため息をつくと、同じ年くらいの子達が箱を持って小声で相談しているのが見えた。
……好きな人に、あげるのかな。
贈り物の基本は、相手に喜んで貰いたい、ということだと思う。お礼が欲しいんじゃない。ただ、喜んで欲しい。だから、悩む訳だけど。
……まー、私は違うけどね、ただ単にお礼だからね、時期が時期だからこんなところまで出て来てるだけで!
昨夜から繰り返してきた言い訳を自分に言い聞かせ、私は再び棚に向かった。



◆ ◆ ◆



話は先々週まで遡る。その日、私は酷い生理痛で苦しんでいた。いつもは何とかやり過ごしているのに、その時は痛くて痛くて、友達に貰ったカイロをお腹に当てて机に突っ伏していた。温めると少しは違う気はするものの、痛いことには変わりは無い。
……どうしよう、保健室行って薬貰って来ようかな。
そんなことを考えていると名前を呼ばれた。

、」
「……におー? 何?」

渋々顔を上げると、クラスメイトの仁王は無表情のまま告げる。

「お前さん、何か薬でアレルギーあるか?」
「はぁ? 無いけど……」

その返事に、ふうん、と唸った後、手、と呟いた。

「手?」
「出せ」

命令形かよ、と眉間に皺を寄せつつ手を出すと、てのひらの上に何か乗せられる。

「それ、飲めるか?」

よく見てみると、普段服用している鎮痛剤二錠の入ったプラスティックの包みだった。勢い良く顔を上げ何度か頷くと、ミネラルウォーターの入ったペットボトルも差し出される。

「やる」
「あ……ありがと?」

思わず疑問形になってしまったお礼に仁王は微かに笑って自分の席に戻って行ってしまった。呆然とその背中を見ていると、が自分の席から駆け寄ってくる。

「何それー?!」
「や、分かんない、けど」

未だに状況がよく分からないのですが一体これは何事なのでしょう? はっとして辺りを見回すとさっきのやり取りを見ていたクラスメイト達の視線が私に集中していた。

「ちょ、来て!!」

薬とペットボトルを持ったまま立ち上がりの腕を掴む。そのままを引き摺るようにして教室を出て、階段の踊り場まで走った。

「……な、もう、、ちょっと待ってよ!」
「だ、だっ、て、」

ぜいぜいと肩で息をしながら叫んだに、同じように肩で息をしながら応える。お腹は痛かったけど、教室に居続けることに耐えられなかった。呼吸が整ってきたは私の手の中の薬とペットボトルを見て口を開く。

「何で仁王が薬なんか……ああもう問題はそこじゃないのよ!」
「な、何?」

はぴっと人差し指を私に向けた。お行儀が良くないですよ、さん。

「問題はね、何でに薬をあげたかってことなのよ!」
「……へ?」

間の抜けた返事には腕を組んで一人で分かったように頷く。

「いやー、まさか仁王がねー。確かにと仲良いけど盲点だったわー」
「……よく、意味が分からないんですが?」
「どうして」

はきょとんとした顔で言い放った。どうしてと言いたいのはこちらの方です、さん。

が具合悪いってことに気付いてくれた、ってことでしょ」
「え……?」
「持ってたのか、貰いに行ってくれたのか分からないけど、単なるクラスメイトにそこまでするとは思えない!」
「えええ?!」
「だってあの仁王だよ? 他人に興味なんてまるで無さそうな仁王が、の具合の悪いのに気が付いて、あまつさえ薬と水を用意してくれるなんて……!」

楽しそうに言い募るの横で呆然としてしまった。確かに仁王とは、クラスメイト、ってことを差し引いても割と喋る方だと思う。でもそれだけで。それだけ、なんだけど。

「えええ……?」
「とりあえず、それ飲んじゃえば?」
「え、あ、うん。そうね」

さっき生理痛に苦しみながらも昼食をとったばかりだったので、有難く服用することにした。ペットボトルの蓋を開け、ミネラルウォーターで流し込む。つめたい水に一瞬体が震えたけど、顔だけ熱くて仕方なかった。



◆ ◆ ◆



薬をくれた後の仁王の態度には変わりが無かった。胃腸薬などでは無く鎮痛剤を用意してくれた、ということは私が生理痛で苦しんでいたというのに気付いたのかもしれない、と恥ずかしかったのだけど、仁王はからかうような視線をくれるようなことも無かったし、あまりにも普通に接してくるものだから、次第に気にならなくなってしまった。興味津津で見守るクラスメイト達の前でもいつも通り話しかけてきて、当たり障りの無いことを話す。その内に、クラスメイト達は興味を無くしていったようだった。……二人を除いて。

「だからさー、仁王がああいうことすんのって珍しいって」
「だよねえ」

と丸井はチョコがけプレッツェルを食べながら楽しげに話す。放課後、教室に残ってお菓子を食べながらと話していると匂いを嗅ぎつけたのか、丸井が現れたのだ。

「気が無い相手に薬貰って来てやるとか、しねーと思うんだよな」

丸井の話によると、仁王は保健室まで薬を貰いに行ってくれたのだそうだ。それを聞いたは、イメージじゃない、と言って笑う。

「意外と細やかな人なんだね、仁王って」
「俺もびっくりした。……で、はどうなんでぃ」

突然話を振られて目を見開くと、丸井はチョコがけプレッツェルを私に向ける。

「ど、どうって何よ?」
「仁王のこと。どう思ってんの」

一番触れられたくないところに真正面から切り込まれて私は固まった。それは、あの時からずっと考えていたことだ。仁王とは仲が良い方だし、嫌いじゃない。でもこの気持ちが恋とかそういうのかと訊かれるとよく分からないとしか言いようが無かった。それに優しくされたから気になる、って何だか調子いい気がする。そんなことをぼそぼそと語ると、は呆れたように口を開いた。

「そんなに深く考えなくてもいいと思うけど」
「だな」

二人の発言に私は頬を膨らませる。

「……っていうか、別に告白された訳でも無いのにどうしてそんなに恋愛話にしようとするの!」

丸井はにやりと笑って言い放った。

「面白いから」
「そうそう。……あ、そーいえばさ」

は思いついたように続ける。

「バレンタイン、近いじゃん」
「それが?」

丸井が二本まとめて食べながら問いかけると、は私を見据えて言った。

「チョコあげて、反応見るってどうよ?」
「おー、それいいじゃん! 頑張れ!」

の発言に丸井は無責任に乗っかる。

「頑張れって何よ! だから私はっ、」
「この前のお礼も兼ねて、とか」

の言葉に私は目を丸くした。確かにお礼はしたい。したいけど、何もバレンタインを利用しなくてもいいではないか。

「バレンタインにかこつけて、って言ったら言葉は悪いけどさ、いい機会なんじゃないの」
「……いい機会って?」
「この前のお礼ですー、って言い易いじゃない」

あの後、有難う、と改めてお礼を言った私に仁王は、気にせんで良かよ、と笑っただけだった。それ以降お礼をする機会を逃しまくっている私にはいいタイミングとも言える。イベントでも無いと何だか殊更特別になってしまいそうな気もするし。

「……なるほど」

頷いた私にはにやりと笑った。

「おまけに仁王の様子を窺えるしね!」
「だからそれはいいから!」







バレンタイン当日、予想通り、仁王はたくさんのチョコレートを貰っていた。それは丸井も同様で、元々テニス部レギュラー陣はこういうイベントの度に、漫画か、と思うほど色々貰っているのだ。身近なアイドル、みたいな感じなのだろうか。昼休み、お弁当を食べ終えてお茶を飲んでいるとは意味深長に笑った。

「ねー、。チョコ用意したの?」
「……一応」

の言葉に口籠りながら返す。結局、小さくて、シンプルなスクエア形のチョコレートが数枚入った包みを選んだ。それは、甘いものが得意ではない、と言っていたことを思い出して、ビター味のものを探していた時に見つけたものだった。有名なお店のものでは無いし、包装だって派手ではないけど、見つけた時、これだと思ったのだ。それに、これ位がお礼として重過ぎないだろうし。

「あ、にも買ってきたよ、友チョコ」
「わー、嬉しー! 私も買ってきたー」

とプレゼント交換ならぬチョコレート交換をしていると丸井が現れた。

「何だよ俺にはねーの?」
「……それだけ貰っといて、まだ要るっていうの?」

丸井は両腕に抱える程チョコレートを持っている。

「貰えるもんは貰う」
「ま、いいけど。はい」
「はい」

と二人、包みを手渡すと丸井は嬉しそうに笑った。丸井には申し訳無いけどそう高くもない、ごく普通のチョコレートだ。

「サンキュー」
「来月楽しみにしてるから」
「ホワイトディは三倍返しが鉄則だからね」

の発言に、げえ、と丸井は奇声を発する。それを笑って教室内を見渡してみると仁王の姿が無かった。

「ねえ、丸井」
「ん?」
「えと、その……仁王は?」

丸井は声を落とす。

「部室に避難してる。つっても部室にも届けられてんだろうけどな」
「あ……そうなんだ……」

クラスでは渡しにくいし、丸井に頼むと余計なことを吹き込みかねない。バレンタイン、というイベントに流されるままに用意したものだったけど、渡すことまで考えが回ってなかった。

「俺が呼び出してやろっか?」
「や、それはちょっと……」
「告白っぽいもんね」

の言に頷く。この前のお礼、と軽く渡せるのがベストなのだけど。そんなことを話している内に五時限目の予鈴が鳴る。それに少し遅れて仁王が教室に戻ってきた。
……どうしよう。
何だか緊張してきてしまった。







帰りのショートホームルームが始まり、私は焦っていた。結局、五時限目と六時限目の間の休みにも仁王に話しかけるチャンスは無かった。六時限目終了後は直ぐに掃除だったし、後は帰るだけだ。引退したとはいえ、テニスコートに通っている仁王は直ぐにテニスコートに行ってしまうだろうし、練習が終わる時間まで待っていたら帰りが遅くなってしまう。ぼんやりとしている内にショートホームルームは終わり、教室は喧騒に包まれる。仁王の姿を探すと、丸井と喋りながら教室を出て行っているところだった。
……やっぱり、丸井に頼めば良かったかなあ。

「じゃあね、
「あ、うん。また明日」

は笑って頷き、軽い足取りで教室を出て行く。が付き合っている人は同じ塾に通っている他校の人で、塾の後に会うことになっているのだそうだ。もたもたと帰り支度を整えていると日直の子に声をかけられる。

ー、鍵頼んでいい?」
「あ、うん、分かった」

教室には私とその子以外、残っていなかった。慌てて支度を済ませ、バッグを肩にかける。バッグの中のチョコレートが気になったけど、明日、丸井に頼んで渡して貰うことにしよう。そう思って教室の鍵を携えドアに手をかけると、自動的にドアが開く。驚いて目を見開くと、そこには仁王が立っていた。

「に、仁王? 何で、」
「……何しとんの?」
「え?」

……質問したいのはこちらの方なんですが。

「帰らんと?」
「今から帰るところだけど……あ!」

千載一遇のチャンス、ってこういうのを言うのかもしれない。今なら誰も居ないし、呼び出した訳でも無いから軽く渡せるのではないか? 私はバッグからチョコレートを取り出した。

「これっ」
「……俺に?」
「この前、薬、有難う。すごく、助かった」

包みを差し出すと目を丸くした後仁王は微笑んだ。いつもの何か企んでいるような笑みじゃない、優しい笑顔に私は固まりそうになる。

「その、お、お礼、っていうか……」

不意打ち過ぎる。心臓の鼓動が速くて倒れそう。どうやっていたのか分からないくらい、呼吸が覚束ない。

「そか。有難な」

くしゃりと破顔一笑した仁王の言葉で、バレンタインに踊らされてるって分かってても用意したかったのだと気付いた。お礼、っていうのは口実で。贈り物をあげるのは相手に喜んで欲しいから。だけど、それだけじゃない。出来れば喜んでくれた顔が見たい、っていう自分の気持ちもあるんだ。だって今、すごく嬉しい。
……あー、と丸井のにやにや顔が目に浮かぶなあ。
は、仁王の反応を窺う機会になる、と言ったけど、それより前に自分の気持ちを自覚してしまった。仁王は包みを翳す。

「ホワイトディ、楽しみにしとって」
「だっ?! だって、それはその……お礼で……お礼だから、」

自覚してしまったことで一杯一杯で、想いを告げようとまでは思えなかった。いざとなると怖くて仕方が無い。知らなかった。自分の気持ちを晒すのってこんなに怖いことだったんだ。

「ん。でも俺嬉しいし」
「え……甘いもの苦手なんじゃなかったっけ?」

丸井じゃあるまいし、チョコレートがそんなに嬉しかったのだろうか。仁王は小さく笑った。

「好きな子から貰ったのは特別じゃろ」
「す?!」
「下駄箱見たらの靴あったから来てみたんじゃけど……来て良かったのう」
「あの……でも、やっぱり、お礼じゃない!」

仁王は叫んだ私を見てきょとんとした顔をする。

「や、お礼って意味もあるけど……お礼じゃない意味も、あるの!」

混乱したように喚く私を呆けたように見ていた仁王は、肩を震わせた。

「……それって告白なん?」
「え! えと、あの、」
「ま、いいか。帰ろ」
「え、」
「一緒に」

仁王の笑顔に心臓が踊る。私は頷くことしか出来なかった。


('09.2.14)


>ビフォア・チョコレイト・ディスコ







「ビフォア・チョコレイト・ディスコ」はブン太視点の薬の話になります。
基本、イベントごとには興味が無いのですが(誕生日以外)、奇跡的にネタが降りてきまして。そしてPerfumeファンとしてこのタイトルを付けずには居られませんでした……。私からのバレンタインということで楽しんで頂ければ幸いです。

以下あとがきとか。
11日に友達に遊んでもらって、バーコードの付いてない本(DO人誌)を借りたのですが、それ読んでたら天啓のようにネタが降りてきまして(ちなみにテニスジャンルではない本。しかもバレンタインネタなど一切無かった)。このタイトルとネタで行くには今年を逃したら来年まで待たねばならないということで、
12日>下書き  13日>推敲、ページ作り(素材探しに行ったり……)
……という、私にしたらすげえ早いペースで書き上げました。そんな感じなので、誤字脱字ありましたらそっと教えて頂けると嬉しいです。