永久保存―図書館の海―
「返却をお願いします」
「はい。あ、こんにちは、柳生くん」
彼氏(という響きにはまだ慣れない)の友人で、部活のパートナーでもある柳生くんは、眼鏡をそっと押し上げて笑う。
……あれ。
何となく違和感を感じながら本を受け取ろうと手を伸ばした。本を差し出す柳生くんの手を見て違和感の正体に気付く。何も言わず返却処理を済ませた。
「……柳生くん」
「はい?」
「この前読んでた本の続きがあるんだけど、読む?」
「何処にありますか」
「こっち。ついてきてくれる?」
柳生くんは微笑んだ。
カウンタを任せ、最奥にある棚に向かうと彼はついてきてくれた。
「……で、罰ゲームか何か?」
くるり、と振り返って言うと、彼は微笑み、返す。
「はい? 突然何をおっしゃるんですかさん」
「におくん、でしょ」
そう言って凝視めると、彼は笑った。そして眼鏡を外す。
「何で分かったんですか?」
にやり、と不敵な笑みを浮かべ仁王くんは言う。見慣れた瞳に肩の力が抜けた。
「手、と笑い方が」
「手?」
「うん。におくんの手だったから。最初、笑い方であれ? と思ったんだけど」
「へえ……」
面白そうに彼は笑う。
「で、罰ゲームなの?」
「違いますよ」
「そう。でも驚いた。そっくりだったから」
嘆息しつつ言うと、彼は俯いた。く、と可笑しそうに咽喉の奥で笑っている。
「におくん?」
「すげー、嬉しい」
「え?」
顔を上げた仁王くんは満面の笑みを浮かべていた。
「さん、」
「ちょっと待ってここ図書館……!」
気付くと彼に抱き締められていた。仁王くんの体温がシャツ越しに伝わってくる。
「は、離して」
「やだ」
私の肩に頭を載せ小さく笑い声を漏らす。首に息がかかってくすぐったかった。
「あの、でも、誰かに見られたら……柳生くんに抱き締められてるみたいだから」
その言葉を聞くと彼は瞬時に私を解放してくれた。
「それは、いけんですね」
どきどきする胸を押さえ、頷いて見せる。抱き締められるのって気持ち良いなあ、と頭の何処かで冷静に考えながら。
「何でそんな事しているの?」
「部活でちょっと……?」
「何で疑問形? って言うか部活でそんな事するんだ?」
「そうです。他の奴にはバレんかったとに」
そう言ってまた嬉しそうに笑って眼鏡をかけた。眼鏡をかけた仁王くんは、柳生くんにしか見えない。感心して見ていると、ある事に気付いた。
「ん? じゃあ柳生くんは今におくんの格好してるの?」
「まあ、そうなりますね」
「わあ、ちょっと見たいかも」
「見らんでよかです」
仁王くんは即座に返す。
「……え?」
「他の男なんて見らんでください」
「う、うん」
彼はぷい、と顔を背けてしまった。
……他の男って、仁王くんの姿じゃないの?
大体今だって柳生くんの格好なのに。面白くなってきて口を開く。
「……もしかしてヤキモチ?」
「そうです」
素直に言われて私が赤くなってしまった。そんな私を見て仁王くんは言う。
「さん、今日一緒に帰りましょう」
「うん、待ってる」
頷くと、嬉しそうに笑った。
付き合い始めてから、私は仁王くんに関する噂を一杯聞かされた。来るものは拒まず、だとか、詐欺師と呼ばれている、とか。でもそんな噂、目の前の笑顔を見たら、どうでもいい事みたいに思えた。
誰にでも、その人にしか見せないものとその人以外にしか見せないものがあると思う。
完全に分かり合うことが無理だって、もう分かってる。どんなに好きでも、どんなに好きだと言ってくれても感じる無力感。それは寂しい気もするけど、分かりたいと思って近付くしかないんじゃないだろうか。それに分かり合えないからと言って仁王くんを好きな気持ちは消えなくて。
この先互いの気持ちが離れていく事があるかもしれない。ずっと続いて欲しいと今は思うけど未来は分からないから。それでも。それでも、この瞬間の仁王くんの笑顔や私の胸が一杯になる感じは忘れないといいなと思う。
見上げてそんな事を考えていたとは知らない仁王くんは不思議そうな顔をした。
「何ですか?」
「うん。におくんが好きだなーって」
「え」
柳生くんの格好をした仁王くんは固まった。そして、咳払いをして言う。
「そんな事を言うと、また抱き締めたくなります」
「今は駄目です」
「じゃあ後ならいいんですね」
にやり、と口元を歪め笑う笑顔は、やはり仁王くんで。私も笑った。
「考えておきます」
('05.1.2)
一度は書いておきたい入れ替わりネタ。
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