「ねえ雅治くん、覚えてる?」








呼称の問題 ・ extra ―図書館の海―








「何を?」
「丸井くんが、昔言ったこと」
「ブン太? 何か言いよったっけ?」
「何でさん、仁王のこと名前で呼ばないの、って訊かれたことがあったじゃない」

私の言葉に彼は小さく笑う。

「そんなことも、あったのう」

自分の姿を見下ろして、私はため息をついた。慣れないビスチェとコルセットで、胸が苦しい。広がった裾を直そうとしたけど、手袋のせいか滑ってうまくいかなかった。

「呼び方なんてどうでもいいって思っとったけど、そうもいかんようなったな」
「私が、でしょ」
「俺は最初から名前で呼んどったからね」
「最近は私も名前で呼んでるじゃない」
「ぎこちなかけど」

くつくつ笑って言う彼を睨んでやる。

「だって、こんなことになるなんて思ってなかったんだもの」

―――まさか自分も仁王を名乗ることになるなんて。

「やね」

顔にかかったヴェールを直してくれながら彼も頷いた。その時、ノックの音の後、ドアが開けられる。

「そろそろお時間です」
「「はい」」

テーブルの上のブーケを手に取り、裾を踏んでしまわないように立ち上がる。差し出された腕に掴まり、ゆっくり歩き出した。

「……の、あの呼び方をもう聞かれんとはちょっと残念じゃね」
「におくん、って?」
「そう。結構気に入っとった」

声をひそめて二人笑い合う。

「いつでも呼ぶよ。雅治くん、って呼んでも、におくん、って呼んでも変わりはないんだから」

―――そこに籠められた気持ちには。


('05.6.9)







赤也夢「落花流水」と繋がってしまいました。(そんな予定では無かったのです)
夜中に書くとこんなものが出来上がるという罠。でも消すのは勿体無いのでアップしてみる。ただでさえ砂糖過多なのに更に倍。書いた私が砂糖吐きそう……。