「ちょっと、落ち着きんしゃい……」

は手足をばたつかせるのを止め、うー、と犬のように唸った。










君は知らない。










事の発端は、放課後の教室で俺に話しかけてきた女だ。

「仁王って、目、綺麗だよね」

くすくす笑って香水の匂いを振り撒いて。女はしなを作り俺の顔を覗き込んできた。(たぶん隣のクラスかなんか。興味がないので定かではない)
それを俺を迎えに来たが見たのだ。はさっと踵を返し廊下を駆けていった。しかし、ここで逃がす訳には行かない。曲がりなりにもテニス部レギュラー、に追いつくのは容易かった。
……のだけど。
その後が問題だった。
彼女の腕を取り、抱き締めるとじたばたと暴れたのだ。


***


ふう、とため息をつくと、は俺の腕に噛み付いた。

「いって……!」

思わず手を離しそうになったけど、堪える。ふるふる震えるを抱き締め、その耳元で彼女の名を呼ぶ。


「……だって、仁王、き、キス、してた……!!」

は泣きそうな声で言った。脱力しそうになりながら返す。

「しとらん」
「嘘! だって見たもん!」
「あれは目を覗き込まれたから、」
「から?!」

は後方に居る俺を勢い良く見上げる。その瞳には涙が溜まっていて、あと少しで零れそうだ。泣かれると困るのだけど、泣きそうな顔にはぞくぞくする。

「―――振り払って来た」
「ふ、振り払って?!」

目を丸くして彼女は言葉を途切れさせた。きゅ、と俺の腕を掴む柔らかい指に安堵する。

「やって、気持ち悪かったし? 俺、あんまり人に近寄られるとって好かんのよ」
「……でも、今こうしてるじゃない……」

俯いた彼女のつむじに唇を落とすとは体を震わせた。その仕種に自然と笑みが浮かぶ。

「近寄られるとは嫌。けど近寄るとは好き」
「すっごい、ワガママ……」
「そう」

笑って言うと、は、はあ、とため息をついた。強張らせていた体の力を抜いて俺に凭れかかる。その体からは、ふわふわと甘い匂いがした。

「帰ろか」

はごしごしと目を擦り、膨れっ面で頷く。
彼女の表情や態度は読み易く、かけひきとは程遠い。それでもの、ストレートな感情表現にいちいち嬉しくなる。並んで歩くの頭を撫でると、き、と睨まれた。

「子供扱いしないで」
「しとらんよ。しいて言うならカノジョ扱いじゃ」
「……っ」

耳まで赤くしたは俯いてしまう。そして、ため息をついて呟いた。

「……何か、私ばっかり負けてる気がする」

……知らんのじゃろうね。
俺の方がすっかり負けてしまっているというのを。
参ってしまっているというのを。
……絶対、教えてなんかやらんけど。
俺は口元が弛みそうなのを必死で堪えた。

早足で少し前を歩いていたは、心配そうに俺を振り返る。それに笑んで見せると、ほっとしたように微笑んだ。


('05.3.16)





腕を噛まれる仁王(程好い筋肉がついてて、噛み応えありそう……)。
仁王は、触られるのは嫌だけど、触るのは好きだと思います!