冬の音色










息を吸い込むと清冷な空気が肺に入り込んだ。思わず体が震えるけど悪い気はしない。仰ぎ見るとまだ空の端は橙色をしていた。高くなる太陽に、硬く凍った空気が仄かに解けていく。
……今日もさむいなあ。
緊張して眠れないかと思った昨日の夜はぐっすり眠れて、今朝の目覚めはとても良かった。足を踏み出す毎にスカートから覗く膝が寒い。朝早いせいで聞こえるのは鳥のさえずりと自分の息遣いと、ローファーの足音だけだった。つい鼻歌が出る。ふわふわと立ち昇る白い息にマフラーを引き上げた。それでも覆いきれない頬がぴりぴりする。かじかむ指先にそっと息を吹きかけた。

冬の空気は仁王みたいだと思う。夜、星が綺麗に見えるところも、しんと静かなところも、容赦なく吹き付ける風も、拒絶するように上がらない気温も。冷たく体を凍えさせるのに何故か心を持って行かれて、仁王のことを思い出す。

「……何歌っとんの、

声に顔を上げると仁王が立っていた。寒がりな仁王もマフラーで口許まで覆っている。

「お早う、仁王」

仁王は欠伸をしながら頷いた。朝、何となく一緒に登校するようになってだいぶ経つ。朝練が無くなった今でも変わらず。誰かに話してしまうと無くなってしまいそうで誰にも話したことが無いけれど。

「はよ……あー、眠ぃ」

独り言めいた呟きに唇の端が上がる。

「また夜更かししたんでしょ」
「またって何じゃ」
「違うの?」
「……そうけど」

だが仁王と私は、付き合っている訳では無い。学校では滅多に話さないし、朝、一緒に登校するだけだ。多分何でも無いことなんだろう、仁王にとっては。その事実は私を落胆させると同時に安堵させた。変わらないことへの焦燥と、まだこの時間が続くのだという安心との狭間に、私はたゆたっている。

「……今日さ、」
「ん?」
「えっと、その、……大変そうだね」

仁王は促すように私に視線を寄越した。どきどきしながら続ける。

「だって、誕生日でしょ」
「あー……」

いつも通りのだるそうな口調に拍子抜けした。

「何、その気の無い返事は」
「別に、一つ歳とるだけじゃろ」

誕生日って、もっとこう、わくわくするものでは無いだろうか。一年に一度、その人だけの特別な日。私だったらそわそわしちゃって落ち着かないと思うんだけど。

「そういうものですか」
「そういうもんです」

至極どうでもいいみたいな返事に、ふうん、と返す。それきり黙ってしまった仁王に合わせて私も黙り込んだ。気まずい、とは思わなかった。仁王との間ではよくあることだからだ。初めは、何か喋らなくては、と思っていたけれど、喋らなくても居心地が良いことに気付いてからは口を閉ざしている。それでもこれだけは、と勇気を振り絞った。

「……仁王、」
「何じゃ」

呼びかけるとすぐに返事をしてくれた。寒さに身を縮めて歩く姿も銀色のしっぽも、目にするだけで胸の奥を柔らかく締め付ける。

「お誕生日、おめでと」
「……おー」

素っ気無い返事も、微かな笑顔と共に放られると胸に沁みた。あわてて視線を逸らし、うん、と頷いてみる。校門に差し掛かったところで、仁王が口を開いた。

「……今日の帰り、」
「うん?」
「一緒に帰らん?」
「え!」

歩みを止めると仁王も足を止める。読めない表情を浮かべ私を見下ろしていた仁王はそっと目を伏せた。

「……嫌ならいいけど」
「嫌じゃない!」

勢い込んで言うと仁王は、にい、と口角を上げる。

「じゃあまた帰りに」
「え、でも、いいの?」
「何が」
「……誕生日、でしょ」

最近は話を聞かないけど彼女とか、部活の仲間とかと先約があるのではないだろうか。思っても居なかった展開に忙しなく瞬きを繰り返すと、くく、と咽喉を鳴らすみたいに仁王は笑う。

「誕生日だから、じゃ」
「え、」

思わず息を呑んだ。笑顔のままひらひらと手を振って、仁王は私に背を向ける。取り残された私は、速くなる鼓動に立ち尽くしていた。かさかさと音を立て足元で枯葉が踊る。都合の良い考えが浮かんでは消える。このままでいいと見ないようにしていた感情が溢れてくる。足元から上る冷気に身を震わせ再び歩き出したけど、顔だけ熱くて仕方なかった。


('08.12.11)









仁王誕のつもりで書いていたのですが風邪ひいたり、しばらく書いてなかったので思うように書けなかったりで一週間遅くなりましたが、仁王、おめでと!

さいご、あやふやですみません……でもこれ以上書くとくどい気がして。Perfumeの「願い」という歌の雰囲気みたいな話をー、と思って書き上げました。すきなひとのことを思いながら歩く冬の朝、というイメージなのです。仁王は冬が似合う……。そうそう、珍しくタイトルがすんなり決まった話です。