―――ありがとう。
―――ねつでた。きょうやすむ。

「……ええっ」

ひらがなばかりの返信と内容に、変な声が出た。





不 在 の 存 在 感










日付が変わって直ぐ、雅治に送った誕生日メールに返ってきたのはお礼と欠席の連絡だった。信じられない思いで文面を何度も読み返す。勿論、中身に変わりは無くて、ため息が出た。
……お休みかあ。
携帯を閉じてベッドに転がる。
……お祝い、したかったのにな。
そう考えて、ふるふると首を横に振った。雅治がくるしんでるのに、不謹慎だ。変換もままならない程、発熱で辛いに違いないのだから。雅治は、絵文字を多用したり、長いメールをくれたりする訳じゃないが、さっきのメールはいつもに比べたら素っ気なく、つたない。とは言え、がっかりする気持ちは止められなかった。用意していたプレゼントの袋に目を遣って、またため息をつく。
……仕方ない、か。
携帯のアラームをセットして布団をかぶった。楽しみにしていた気持ちが全身からしゅうしゅうと音を立てて溶け出していきそうだったけど、振り切るように目を閉じる。雅治の熱が早く下がりますように、と祈りながら。








「……何で、仁王休みなんだよ」

あくびを噛み殺しながら、丸井の方を振り向いた。その手には綺麗にラッピングされた箱がある。

「……発熱だって」
「こうなることを見越してじゃねえだろうな?」
「……多分」

休み時間の度にクラスを訪れるプレゼントを持ってくる女の子達に応対していた丸井はぼやく。

「何でオレが預からなきゃいけねんだっつの!」
「はあ……」
「大体、お前が居んのに何で持ってくんだよ」
「そんなの私に言われても……」

こっちが訊きたいくらいだ。私と付き合いだしても雅治の人気に変わりは無く、相変わらず呼び出されたりしているようだった。部活の後輩曰く、多少はアイドルに憧れるように偶像化して楽しんでる部分もあるのかもしれない、とのことだった。バレンタインにチョコレートをあげる、レクリエーションみたいなものだと。それにしたって中には本気の子も居る訳で気が気でない。雅治はそんなやきもきする私を見て、まあまあ、と笑っていたけど。

「ん? じゃあ、帰りに見舞いに行くのか」

誕生日だしな、と続けた丸井に首を振った。

「……さっきメールしてみたけど返事が無いから止めとこうかなって」
「うわ、マジ弱ってんな」

雅治は、短くても、問いかけに対しての返信メールは怠らない。それが無いのだから、お見舞いに行っても邪魔になるだけだろう。

「つか、仁王が熱出すとか珍しいな」
「だよね……」

私に比べたら鍛えてる筈の雅治が発熱なんて珍しいことだった。真田にばれたら、たるんどる! なんて言われそう。
……きっと飄々と受け流してしまうのだろうけど。
ふ、とつい笑みが浮かぶ。そうして、急に不在を実感してしまった。空いた雅治の席が目に入って、その気持ちは加速する。寂しい、と。

「お前が、んな辛気臭い顔したってしょうがねえだろぃ」

黙りこんだ私に丸井が口を開く。

「うん……」
「どーせ明日にはけろっとして出てくるって」

口調は乱暴だけど、励ましてくれているのだと分かって、ありがと、と呟いた。







……暗くなるのが早くなったなあ。

既に天には星が瞬いている。夕闇の中、曖昧だった輪郭の月も今は冴えざえと輝き、ふわふわと昇る自分の白い息を見上げた。今年もあと少しで終わる。今日という日も、終わってしまう。


本当なら、雅治と一緒にケーキを食べに行く予定だった。甘いものを、そう好んで食べる訳でもない雅治でも大丈夫そうなお店を丸井に教えて貰っていたのだ。それからイルミネーションを観に行って、と思い描いていた放課後の予定を思い出してため息をつく。
……お店もイルミネーションも逃げない。
今は、早く雅治の熱が下がることを願わなくては。


とぼとぼと帰途を辿っていると、家の前に誰か立っているのが見えた。街灯の明かりを頼りに目を凝らすと、マスクをして、そのマスクを覆うようにマフラーをぐるぐる巻きにしている。不審者かも、と怖じ気づいて足を止めた私に気付いたその人は、片手を上げた。
……え?
眉を寄せて見つめて理解する。その猫背は、マフラーから覗くしっぽは。

「……雅治! 何してるの!?」

思わず叫んでしまい、近所迷惑だ、と慌てて口を押さえる。悠然と近寄ってきた雅治は目線を合わせるように少し屈む。

に会いに来た」

マスク越しの声はくぐもって聞き取りにくかった。でも柔らかく細められた目に、両胸の間が痛む。

「……ばかじゃないの、まだ熱下がってないんでしょう」

嬉しいのと雅治の体調が気がかりなのが混ざって、可愛くないことを言ってしまった。雅治はそれをよそに私の頭を撫でる。

「やって、会いたかったし」

がさがさに掠れている声に、泣きそう、と思った。祝われるのは雅治で、喜ばせたいのは私の方なのに、私が嬉しい。奥歯を噛みしめ涙を堪えていると、雅治は左手の人差し指でマスクを顎の方にずらす。そうすると右顎のほくろが見えた。

「今日、一日中俺のこと考えとった?」

私は雅治を見つめたまま頷く。

「……ずっと考えてたよ」

姿を目にしなくても声を聴けなくても、例え触れられる距離に居なくても、雅治の存在は感じていた。考えないようにしても胸に在った。雅治は、にい、と嬉しそうに口角を上げる。

「……熱が出て散々じゃけど、それならいいか」
「良くないよ、もー……」

何となく潤んだ目やいつもより紅潮した頬に、心配で堪らなくなった。そっと雅治の胸に触れると肩を抱かれる。

「伝染ったらすまん」
「そんなのいいよ、送ってくから、」

む、と雅治は眉を寄せた。

「……そんなことさせたら、今度はの帰り道が心配でまた熱の上がる」
「でも、」

雅治は猫みたいに顔をすり寄せてくる。甘えるような珍しい仕種に体を強張らせた。

「大丈夫、ここまで来れたんやから」
「……分かった。じゃあせめてあそこの角まで」

譲歩案を出すと雅治はマスクをはめ直し私の手を取る。その手は熱く、冷えた私の手を溶かすようだった。

「……雅治、」
「んー?」

ことさらゆっくりと歩きながら雅治を呼ぶ。

「お誕生日おめでとう」
「……おー」

雅治は熱のせいもあるのか、ゆるんだような笑みを浮かべた。

「ここまでで良かよ」
「でも、」
、」

言い聞かせるように名前を呼んだ雅治に、ぐっと言葉を飲み込む。

「……分かった。帰ったらちゃんと暖かくして寝てね」
「分かっとうよ。じゃあまた明日」

何度も振り返りながら帰っていく雅治の姿を見送りながら思い出す。
……あ、プレゼント。
渡すのを忘れていた。すぐに、まあいいか、と思い直す。明日になったらまた会える。無理をしたから明後日になるかもしれないけど、ちゃんと渡せるんだから。気温とは裏腹に胸が温まるのを感じながら、大きく息を吐いた。



('11.12.4 I'm so glad there you,Masaharu NIOH!)







仁王お誕生日おめでとう! 私にしては珍しくお誕生日の話です。
弱ってる仁王、というより、(自分のことを)考えてて欲しい、ちょっぴり独占欲の強い仁王を思いついたのでこういう話になりました。少しでも楽しんで頂ければ何よりです〜。