「……仁王くん、私で暖をとるのやめてよー」
仁王くんは私の手を握ったまま、にやりと笑った。
常日頃から子ども体温、とよくからかわれる。人より高い平熱のせいで夏は煙たがられるけど、冬は重宝される。その日もからカイロ代わりに左手を握られていた。
「の手、あったかーい」
それが聞こえたのだろうか、通りがかった仁王くんは、ひょい、と私に手を伸ばす。
「どれ」
「ぎゃっ」
突然右手を握られたことと、その手の冷たさに可愛くない叫び声を漏らした私を仁王くんは笑った。
「何じゃ、その声は。……本当に、ぬくいのう」
「でしょう」
何故かが得意そうに笑う。
「……て、」
「て?」
「は、離してー」
「……ああ。すまんかったな」
くつくつと肩を揺らしながら仁王くんは私の手を離した。
それ以来、仁王くんは私によく触れる。その度に僅かに体温が上がって、鼓動が速くなって。私が顔を赤くしているのを分かっているくせに、からかうかのように触れる。心臓に悪いから、止めて欲しい。こういうことに免疫が無いんだから。
……勘違い、しちゃいそうじゃない。
***
突然教室のドアが開いて体が震える。そこには仁王くんが立っていた。もう帰ってしまったと思っていたのに。
「……びっくりしたー。仁王くんか」
「、何しとうの?」
「これ書いてました」
「ふーん……」
私が手元の日直日誌を示すと、仁王くんは気の無い返事をした。そして窓際に歩いて行った彼は窓に手を当て外を見下ろす。
「どうしたの、忘れ物?」
今日の感想って何書けばいいのかいつも分からないなあ、とシャーペンを回しながら顔を上げると、窓ガラスの、仁王くんが触れている部分の周りだけが曇っていた。
……あれ?
「……仁王、くん?」
私によく触れる、仁王くんの手を思い出す。テニスをやっていた大きい手は優しくて、そして、びっくりするくらい冷たくて。振り向いた仁王くんは微笑んだ。
「……の言うとおり、忘れ物したんじゃよ」
「あ、やっぱり?」
私は自分の中に生まれた疑念を誤魔化すように笑った。
人は緊張すると僅かに体温が高くなるらしい。外は寒くて窓ガラスも冷たくなっている筈だから、いつも冷たい仁王くんの手の体温の方が温度が高いのかもしれない。
でも。
「帰ろうとしたら、外が寒くてのう」
「……うん?」
学校指定のマフラーをしっかり巻いている彼はくつくつと笑う。
「こりゃあ、カイロ無しじゃ帰れんなあと」
「……それってもしかして私のこと?」
「もしかしなくてものこと」
困惑して眉を寄せた私に、仁王くんは重ねて言った。
「て訳で、はよ書きんしゃい。帰るぞ」
「……え?」
にっこりと笑いかけた彼は、私の手を取り立ち上がらせる。
「に?!」
「あー、ぬくい」
あいかわらず冷たい手に、ひい、とやっぱり可愛くない叫び声を上げた私を仁王くんは笑う。
「は飽きんのう。……ぬくいし」
「人間カイロですから」
精一杯、虚勢を張って言い返す。でもそれはばれてしまっているに違いなかった。だって仁王くんの手に触れて、ますます体温が上がった気がするんだもの。
「そうやのう。……手離せんね」
「……はっ?!」
仁王くんは何も言わず咽喉の奥で笑った。その手が、さっきは冷たいと思った手が、今は温かく感じるのは、私の願望なのだろうか。
('06.12.4)