よく、肌の色とかではなく、あの人は白いとか黒いとかいう表現をする。
その表現に則って表すのならば、仁王雅治という人は限りなく黒に近い、グレイなのだと思う。











「――――これか?」

背後から伸びた腕と低い声に肩が震えた。

「あ……どうも」
「いーえ」

そう言って仁王は微かに笑う。私は取って貰った本の表紙を撫でながらその背中を見送った。

人当たりは悪くない。その整った容姿のせいか、近寄り難い印象はあるものの、話してみると割と普通の人のように思う。でも白とは思えない。詐欺師とか、年上の女の影があるとか言われているし、会話の端々に見える頭の回転の速さからは、ただの白い人だとは思えないのだ。かと言って黒いとも言えない。こうやって手を貸してくれたりするし、意地悪なことをする訳でも、された訳でもない。底が知れない、と言うのだろうか、仁王を見ていると思い出すことがある。

まだ小学生の頃だ。おばあちゃんちにあった古い井戸を覗き込んだ時、その深さの所為で水面が見えなくて、足元に落ちていた小石を投げ入れた。僅かなタイムラグの後に起きた水音で水を湛えているのは分かったけれど、ついに波紋を見ることは叶わなかった。あの時の鳩尾の辺りがうっすらと冷える感じ。正体がはっきりと掴めない感じを、仁王からは感じる。



***



人の輪の中に居てもひっそりと笑っている仁王は、ここに居るのにここを見ていない。何処か、遠くを見ているみたいだ。でも、心ここに在らず、という訳でもない。そういうのでは無くて。

、いいの?」
「……え?」

唐突なの言葉に瞬きを繰り返した。一体何のことだろう。

「何が?」
「今日、日直でしょ。大地図、取りに行かなくていいの?」
「あ!」

地理の大地図を取ってくるのは、日直の仕事だ。お昼ごはんを食べたら取りに行こう、そう思っていた筈なのにすっかり忘れていた。私は慌てて立ち上がる。頑張れー、と手を振るに頷いて見せながら地理準備室に向かった。


*


について来て貰えば良かったと後悔したのは地理準備室から教室までの道のりを、半ばまで来た時だった。遅過ぎる。最初は軽いと思っていた大地図はどんどん重さを増していく。ため息をついて階段を昇ろうとすると、ふいに大地図の重量が無くなった。

「貸しんしゃい」
「……仁王?」

その声に目を見開く。いつの間に後ろに居たのだろうか。仁王は大地図を軽々と抱え、階段を昇っていく。

「ま、待って、どうして、」

仁王は立ち止まり、首を傾げた。どうして、と呟いたのに問いは用意していなかったことに気付き、私は必死でそれを絞り出す。

「……どうして、持ってくれるの?」
「……どうしてだと、思う?」

踊り場に立ってこちらを見下ろしている仁王の表情は逆光のせいで窺えない。声は仁王のものなのに、そこに確かに、立っている筈なのに。

「……分からないよ」

この胸の、鼓動の速い理由さえも。


('06.12.4)


不明瞭な告白(仁王視点)