男の子の事を綺麗だと思ったのは、初めてだった。





*1*





「おい、」
「……はい?」

呼びかけに振り返ると宍戸くんは面倒くさそうに口を開く。

「お前、日直だろ。センセが呼んでたぜ」
「あ……有難う」

宍戸くんはそれに答えず、ただ頷いた。踵を返した彼の黒髪がさらりと音を立てて揺れる。

男の子なのに髪を長く伸ばし結んでいる宍戸くんは校内で有名な人だ。
……だって、あの、男子テニス部でレギュラーなのだから。
私は彼の背中を見送りながら、そっと教室を出た。

三年になって、初めて宍戸くんと同じクラスになった。
宍戸くんの印象は、何となく怖そうな人。あまりお喋りじゃないし、たまに話しているのを聴くと、口調は乱暴だったし目付きは鋭かったし。
苦手、とまではいかないけど、関わり合いになる事は無いだろうと思っていた。

そんな折、席替えで宍戸くんの前の席になってしまった。見られてなんていないけど、見られているようで緊張する。自意識過剰もいいところだ。前から渡されたプリントを渡すのが精々なのに。



* * *



辺りはすっかり暗くなっていたので駅までの道のりを急いでいた。腕からずり落ちそうな花合羽をしっかりと抱え直す。

「……?」

突然名前を呼ばれて、持っていた花合羽を落としてしまった。紐が緩んでいたのか包んでいた花材が散らばる。

「……なーに、やってんだよ」

そう言いながら、身を屈めて拾ってくれているのは宍戸くんだった。

「し、宍戸くん?」

驚いて名を呼ぶと、彼は花材を一まとめにして花合羽の上に置く。

「おう。何やってんだよ、こんな遅くに」
「あの、お花に行った帰りで……」
「……だからってこんな暗いとこ一人で歩いてんなよな」
「い、いつもは迎えに来てもらってるんだけど、母の都合が悪くて、」

屈んで花材を包み直しながら言うと、彼はため息をついた。

「駅までか」
「え……、えと?」

訊かれた意味が分からなくて呟くと、宍戸くんは言う。

「俺もだから」

そう言って、彼は歩き出す。呆けたようにそれを見送っていると、振り返った彼は戻ってきた。まだ屈んでいた私の腕を引っ張り立ち上がらせる。

「ほら、行くぞ」
「あ……うん」

宍戸くんから二歩ほど遅れて夜道を歩く。歩く度に宍戸くんのバッグに付けられたキィホルダが、ちゃりちゃりと音を立てる。

「ずっとやってんのか?」
「……え?」

訊き返すと宍戸くんは、花、と呟いた。

「あ、うん。幼稚舎に入る前から習ってるの。全然上達しないんだけど、好きで」
「へえ」

宍戸くんは小さく笑う。何か、おかしい事言ったかな。

「そういうの、いいな」
「そう……かな?」
「ああ」

そんな事をぽつぽつと話していると、いつの間にか駅に着いていた。さっきまでは長いと感じていた道のりが、あっという間だった。宍戸くんはちらりと私を見る。

「じゃあな」
「あ、あの……有難う」

おう、と答え、足早に改札を通り過ぎていった宍戸くんの耳が赤くなっているように見えて、私はこっそりと笑った。


('06.4.24)


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