*3*
……また、遅くなっちゃった。
私は出来るだけ早足で駅までの道のりを歩いていた。ストリートテニス場の横を通った時、見覚えのある人影を観た気がして足を止める。
そこには、宍戸くんが居た。
フェンス越しの彼はコートに座り込んで肩で息をしていた。
「……くっそ……!」
宍戸くんはラケットを地面に叩きつけようとして、止める。代わりに反対側の手に持っていたボールを地面に叩きつけた。思わず体が震え、触れていたフェンスが音を立てる。その音に彼は勢い良く顔を上げた。
「……誰だ?!」
「あ……」
私の姿を認めると、宍戸くんは目を丸くする。
「……? なに、してんだよ」
「あ、の……お、お花の、帰りで……」
震える手で持っていた花合羽を掲げ見せると、宍戸くんはため息をついた。
「……また、迎えに来てもらわなかったのか」
「う、うん……。練習、してたの……?」
その言葉に宍戸くんは眉を上げる。
「……お前に、関係ねーだろ」
鋭い眼差しに、いつもより低い声に息を呑んだ。止めればいいのに、言い募る。
「でも、」
「何だよ」
「だって、そ、そんな怪我までして、」
「お前に何が分かんだよ!」
強い調子の大声で体が強張り、持っていた花合羽が腕から滑り落ちた。花材が地面に散らばる。初めて、言葉を交わした時のように。
「……悪ぃ……」
ち、と舌打ちして、私の傍まで歩いてきた彼は散らばった花を拾うのを手伝ってくれた。元の通りに包み直そうとしたけど、手が震えて上手く行かない。宍戸くんはため息をついた。
「……貸せよ」
彼は屈み込んで花合羽に花を乗せていく。その手にも絆創膏やテープが貼られている。何だか胸が詰まって涙が滲んだ。雫は堪えきれずに地面に染みを作る。
「……な、何でお前が泣くんだよ」
「わ、分からない……」
後から後から涙が零れてくる。彼は困ったように頭を掻いた。
「あー、その……、でかい声出して悪かったな」
「ち、違うの、私こそ、ごめん……余計な、事言って」
ここを結べばいいんだな、という言葉に頷く。宍戸くんは紐を手に取り呟いた。
「……無理だって、分かってるんだ。……けど、諦めたくねえんだ」
「……うん」
「最後まで、足掻きてえんだ。……激ダサだけど」
私は首を横に激しく振る。
腕は痣だらけで、口元には血が滲んでる。汗で背中に張り付いたシャツは泥だらけで満身創痍だけど、顔を上げて決意を言い放った彼は輝いていて。
「……激ダサなんかじゃ、ないよ」
とても、綺麗だと思った。
宍戸くんは私の言葉に手を止める。そうか、と小さく零し俯いた彼は、花合羽の紐を手際よく結んでくれた。
「……ほら、出来たぜ」
「あ、有難う……」
「駅までだろ。俺も帰る」
宍戸くんはラケットやボールを拾い上げ、バッグに乱暴に詰めていく。
「え?」
「悪ぃけど、ちょっと待ってくれ」
「でも、」
焦った私に気を遣ってくれたのか、宍戸くんは微かに笑う。
「この前もだけどな、こんな時間に一人で歩いてたら危ねえだろ?」
「……有難う」
宍戸くんは照れたように頷いた。
('06.5.10)
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