「で? 今年はいくつ行ったと?」
「……三か所」

本当はトータルで言えば四か所なのだが(うち一か所は二回行ったから)それは言わないでおいた。
千里は楽しそうに唇の両端を上げる。

「お〜、今年は少なかね」

肩を震わせながら言った千里を睨んでみたけど、ちっとも堪えた様子は無かった。








Sweet Luxury








千歳千里とは去年のバレンタインがきっかけで付き合うことになったのだけど、その後、うっかりバレンタインの時のことを話したのがまずかった。何か所も回った、というのを聞いた千里は大笑いしてくれたのだ。そんな訳で、今年は何か所回るのか、回ったのかと面白がって訊いてくる。手作りするかも、というのは考えに無いのだろうか。

「そう言うてもなあ、、料理苦手だろ」
「ぐ……」
「いやー、あの見事に繋がった胡瓜は忘れられんね」

こういう時、男子も家庭科があることが恨めしくなる。調理実習の時の姿を知られてしまうのだから。でも一瞬は考えたのだ。レシピも調べてみたりした。だけど、テンパリングという単語に、無理だ、と早々に諦めてしまった。温度調節とか、そんな細やかなこと出来る訳無いじゃない。家の手伝いしとけば良かった、なんて今更だけど。

「で、ちゃーんと買うてきたと?」
「……買ってきましたけど何か!?」

千里は終にふき出す。
……ああもう。言わへんかったら良かった。
唇を尖らせながら、私は去年のバレンタインを思い出していた。











靴を履き替え、かじかむ手でバッグを撫でた。バッグの中にはようやく選んだチョコレートが入っている。試食を繰り返して味が分からなくなったりしながらも選んだ千歳にあげるチョコレートと、義理チョコが二つ。義理チョコは同じクラスの忍足と小春の分だ。

教室に入ると何だか教室中がそわそわしている気がした。教室だけじゃなくて今日は学校中がそんな感じだ。味なら甘い、色ならピンク色の空気に満ちているみたい。女子はいつ渡そうか気が気じゃないだろうし、男子は素知らぬフリをしながらも期待している感が漂っている。勿論、私もその中に含まれている訳だけど。

席に着くと前の席の忍足が振り返った。

「はよ」
「お早う、忍足。これ」
「お。マジで?」

忍足の手に包みを乗せながら、忍足にやったらこんな風に簡単に渡せるんやけどなあ、とため息をつく。そのため息が聞こえたのか、忍足はにやりと笑った。

「何や、千歳のこと考えたんか?」
「……何でやねん」

お前は分かり易い、と笑い声を立てる忍足にむっとする。

「まー、頑張れや。何やったら呼び出したるけど」
「それは遠慮するわ」

折角の申し出だけど、こういうことは自分でやらねばならないだろう。というか、忍足の申し出は親切もあるのだろうけど八割くらいは面白がっているような気がする。

「謙也クン、チャン、おはよー」
「あ、小春、おは……って何なんそれ」

小春は両手にチョコレートを抱えていた。零れそうな量に目を見開いていると小春は飄々と言ってのける。

「貰ったに決まってるやないの」
「いやその量はおかしいやろ!」
「義理やって、どーせ」

忍足が嘆息しながら言う。小春は意に介さずとでも言うように、用意してきていたのか、紙袋にチョコレートを詰めていた。

「白石と同じくらい貰ても、本命率が高いんが白石、義理率が高いんが小春っちゅー話や」
「ああ、友チョコゆうやつやな」

そうそう、と忍足が応えると小春は、失礼やね、と拗ねて見せる。

「それよりチャン、」
「何?」
「千歳クンも、えらい貰てたみたいやで」
「うぇっ?!」

思わず叫ぶと、叫び声可愛ないなあ、と忍足が洩らす。

「悪かったなあ! ……てゆか小春、それほんま?」
「嘘言うてどうすんの」
「せやけど……」
「何や、焦ってきたか?」

意地悪く笑う忍足を睨んでおいて、頭を抱えた。どうやって渡したらいいのだろう。

忍足と小春のところに遊びに来るテニス部の千歳を、いいな、と思うのに時間はかからなかった。普段聞き慣れない熊本弁に最初はびっくりしたものの、その大らかな態度とか話し方とか一度気になりだすともう駄目だった。会うだけで、声を聞くだけで胸の奥が勝手に跳ねる。そんな私の様子に忍足も小春もすぐに気付いた。からかいながらも、何だかんだで協力してくれる。

「……あー、あかん! どないしたらええんやろ!」
「はい、ってさりげなく渡したらええんちゃうの」
「そらあんた達にやったら出来るけど……」
「微妙に失礼やな」

そう言いつつも面白がっているのか忍足は笑う。

「まあでも、」
「ん?」
「どうしてもアカンかったら協力したるから、遠慮なく言えや」

そうよお、と体をくねらせる小春の仕種は頂けなかったが、二人の優しさにじんとしてしまった。







昼休み、意を決して廊下に出ると、千歳の姿を見つけた。人より頭一つどころか二つ分くらい大きい千歳の姿はすぐに見つけることが出来る。私の姿を認めた千歳は唇の両端を上げた。千歳との距離が縮まっていくにつれ、それまでも速かった鼓動が更に速くなった気がする。さっきまでそんなこと無かったのに、口の中がひどく渇いている気がした。咽喉の奥に言葉が絡まってうまく出て行かない。

、」
「千歳、あのね、」
「良かところに。逆チョコばい」

そう言って千歳はチョコレートを差し出す。それを受け取って私は固まってしまった。

「え……ええっ?」
「確かこれ好きだったろ?」
「や、好きやけど……」
「なら、良かった。じゃあ」

千歳は笑って背を向ける。それは私がよく買うチョコレートで、コンビニでも何処でも買えるものだ。千歳の前で食べながら、これ美味しいんよ、と言ったこともある気がする。だけど今日は女の子が男の子にチョコレートあげる日で、私が貰ってる場合じゃなくて。

「……え? え? これはどーゆーこと?」

思わず、その場に座り込んでしまいそうだった。

手の中には千歳がくれたチョコレートと千歳にあげる筈のチョコレート。千歳がくれたチョコレートには値札シールが付いたままだった。勿論、包装もされていない。その時予鈴が鳴ったので教室に急いで帰る。席に着いて前の席の忍足の椅子を蹴った。忍足はむっとした顔で勢い良く振り返る。

「何すんねんな!」
「どーしよー忍足!! 私、千歳からチョコレート貰てしもたんやけど!」

ほら、と見せると忍足は、あ、と小さく呟く。

「……千歳、実行しよったんか」
「何? どういうことなん?!」

詰め寄ったと同時に本鈴が鳴って先生が入ってきた。後でな、と忍足は前を向いてしまう。慌ててチョコレートをバッグにしまい、机の中から教科書とノートを取り出した。
……何なん、これ……分からへん……。







「……で、どういうこと」
「おっ前、いちいち椅子蹴んの止めろや……」

五時限目の終わりを告げるチャイムとほぼ同時に忍足の椅子を蹴った。忍足は振り返りながら恨めしそうな声を出す。結局、五時限目の授業は耳を素通りしただけだった。ノートも満足に取っていない。

「そんなん、どうでもええねん」
「ええ訳あるか、アホ!」
「ええから!」

私の剣幕に押されたのか、忍足は諦めるようにため息をついた。

「……最近、CMでやってたやんか」
「は?」
「今年は逆チョコ! ゆうて」
「ああ……」

そう言われればそんなCMを観た気がする。

「で、千歳が、あれ良かねえ、て言うとったんよ」
「え」
「そうかぁ? て思てたんやけど……本気やってんな」
「え、ちょお待って。意味が分からへんのやけど」
「そんなの決まってるやろ」

忍足は、にやり、と唇の端を上げた。

「……いやいやまさか」
「そのまさかや」
「……そんなん、都合良過ぎやろ」
「生きてるとそういうこともあんねんな」

賢しげに告げる忍足の言葉が耳の奥にこだまする。目の前に居る筈の忍足の姿が夢の中に居るみたいに頼りない。そうやってぼんやりとしながらも頭だけはフル回転していた。お菓子業界に踊らされてると思いながらも、バレンタインというのは好きな人にチョコをあげる日、だと思う。だとしたら千歳は。
……うそやぁ。
どうしても、自分に都合の良いことしか考えられなくて、もう一度、千歳に会いに行かなくちゃ、と思った。







終わりのショートホームルームのすぐ後、千歳のクラスに行ってみるともう千歳の姿は無かった。今日はテニス部は休みだというから、ひょっとしたら帰ってしまったのかもしれない。バッグの中のチョコレートが、歩く度にごそごそと音を立てる。千歳から貰ったチョコレートと、千歳にあげる為のチョコレート。早く早く、とまるで追い立てられているように聞こえるのは私の気が逸っているからだろうか。途方に暮れて、忍足にメールしてみようかと携帯を操作しながら昇降口に降りて行くと、千歳の姿を見つけた。途端に心臓が跳ねる。

「ち、千歳ッ!!」
「おー、、どうした?」

千歳は下駄箱から靴を取り出しながら呑気に笑った。既に人影のまばらな昇降口に、千歳の低い声が響く。耳にも響いて、一歩一歩踏み出す毎に心臓の鼓動が速くなる。何度考えてもうまい言葉が見つからなかったから、代わりに持っていた包みを勢い良く差し出した。

「これ!」
「……有難う」

千歳が呟くみたいに零す。受け取って貰えたことにほっとして、体の力が抜けそうになるけど、まだ駄目だ。告げたいことがある。私は大きく息を吸い込んだ。

「あのな、あの、私、千歳のことが、」
「好いとるよ」

びっくりして千歳を見上げると優しく微笑んでいた。

「……私も」

私の返事に千歳は笑みを深くする。鼻の奥がつんとした。どうしよう、嬉しいのに泣きそう。それを誤魔化すように俯いた。

「……あー、緊張した」

降って来た言葉に顔を上げると、千歳は照れ臭そうに眉を下げる。

「嘘やん、いつも通りやったやんか」
「必死でそう見せとっただけたい。……内心びくびくしとった」

大きい図体して何言ってるんだか。そう思ったけど言わずにおいた。緊張して強張っていた手をぐーぱーと繰り返して伸ばしていると、千歳がその手を掴む。

「な、」
「帰ろか」

大きな千歳の手がほんのりと冷たいのは私と同じように緊張していた証拠だろうか。おずおずと握り返すと、千歳が笑った気配がして、胸の奥がぎゅっとなった。











厳選に厳選を重ねたチョコレートを千里に差し出すと、千里は再びふき出した。

「ほんまに失礼やな!」
「すまん、すまん。つい笑いが」

収まりかけたと思ったら、また思い出したように笑う千里に呆れて呟く。

「そんなに笑わんでもええやろ……」
「嬉しかけん、笑うったい」
「嬉しい? 何が嬉しいんよ。あんまチョコ好きやない、言うてたやんか」

そう言って睨んでやると千里はにこりと微笑んだ。腹を立てていた筈なのにとくんと心臓が音を立てる。

「そんだけチョコ選ぶとに悩んだ、ってことは、そんだけ俺のこと考えてくれた、ってことだろ?」
「……っ!」

顔に熱が集まるのが分かった。頬を隠すように両手で押さえると千里はバッグからチョコレートを取り出した。そして私に差し出す。去年くれたものと同じメーカーのチョコレートは今年も値札シールが付いたままだ。

「……なあ、お返しはホワイトディちゃうの?」
「やって、、これ、好きとだろ?」
「確かに好きやけど、」
「ホワイトデーまで待ちきらんし、」

驚いて千里を見上げる。

「好きやけん、俺もチョコやりたか、て思ったったい」

勿論ホワイトデーも用意するけんね、という言葉と共に浮かんだ微笑に私は何も言えなくなる。チョコレートはまだ封を切っていないのに、口にしていないのに、もう胸が一杯な気がした。


('09.3.23)
('09.3.25)








このお話では「千歳は、二年の十二月くらいに転校してきた」ということで、ひとつ宜しくです。

タイトルはMEG嬢の歌からです(内容と歌詞関係無いけど、可愛い)。バレンタインからだいぶ経ってしまいましたけど……来年まで待てないのでアップです。

以下あとがきとか。
このお話は、お友達がブログに書いていた「逆チョコ千歳」が発端です。そのシチュとかセリフとかがあまりにも素敵だったので「書かせてください!」と書かせて頂いたのでした。千歳だけじゃなくて白石とか財前のネタも素敵だった……。小春の友チョコネタは入れさせて頂きましたけど。それにしても謙也がやたらと出張ってますね。
なので、先に読んで頂いたのですが、楽しんで頂けたようなので何よりです。いやー、本当に素敵なモエをご馳走様でした! 是非また!(笑)

しかし、千歳の言葉は熊本弁だわ、ヒロイン・謙也・小春は関西弁だわで、頭こんがらがりそうでした。普段喋ってる言葉で書いちゃうと千歳が長崎弁になっちゃうからね……。関西弁は友達が話していたのを思い出しながらでしたが。おかしいところあったらご指摘頂けると幸いです。