「千歳ぇぇっ!!」
ラーメン屋の引き戸を勢い良く開けて叫ぶと、千歳は麺を啜ったままの格好で動きを止めた。
ラ ー メ ン た べ た い
千歳は麺を啜り上げゆっくりと咀嚼した後、爽やかに片手を上げる。
「、久しぶりー」
「久しぶりー、や無い! 帰ってきとるとだったら連絡しなっせ!」
「しようと思っとったよ。……ラーメン食ってから」
千歳は食べながら呟いた。くそ、ラーメンに負けたのか。
「あのさあ、」
「おっちゃん、ラーメン一つ。あと替え玉も」
「え、ちょっと千歳、」
「も食うやろ?」
「……食べる」
しぶしぶ隣に座り分かり易く頬を膨らませた私を横目で見て千歳は言った。
「帰ってきとるって、よう分かったな」
その言葉に私は携帯を取り出す。受信メールを開いて千歳に見せる。
「ミユキちゃんから、メールが来た」
「ミユキが?」
「ミユキちゃんとうち、メル友やもん。何やっけ、ドロボウとか言いよったとが青学の手塚やったとって?」
「そうそう。あいつもまー、気の強かけんなー。あの手塚をドロボウとか言うとは、うちの妹くらいだろ」
千歳はくくく、と可笑しそうに笑った。
千歳の丼に替え玉が入り、私の前にはラーメンが置かれた。千歳はにんにくチップの入った容器の蓋を開ける。
「にんにく何杯入れるね?」
「……えっらくサービス良かね。気色悪ぅ」
「が機嫌悪かけん、ご機嫌取り」
あまりにもストレートな物言いに毒気を抜かれた。何だか脱力してくる。
「……じゃあ、二杯」
にこり、と笑って千歳はにんにくを入れてくれた。立ち昇る湯気と匂いに、くぅ、と小さくお腹が鳴る。私は割り箸を割って千歳の奢り(当然だろう)のラーメンに箸を伸ばした。
「大体さー、わざわざ帰ってきたとに、ラーメン食べよるってどういうこと?」
「大阪におったら無性に食いたくなるったいねー。あっちにも店はあるとけど、やっぱりここんとが美味か」
その言葉に店のおじさんは笑った。部活帰りの中高生がよく利用する、この店のラーメンは安くて美味しい。替え玉を一つ入れても五百円玉一枚でお釣りがくるラーメンには、放課後いつもお世話になっている。
「……久々やとに」
「ん? 何か言うた? あ、おっちゃん替え玉もう一つ」
「……何も言うとらん!」
ぷんぷん怒りながら食べてもラーメンはあいかわらず美味しい。こんなに美味しいのに怒りながら食べているのが申し訳なくなってきて、その後は黙って食べた。
千歳は替え玉を待つ間、頬杖をついて私の方を向く。
「元気にしとった?」
「それ、最初に聞かなんことやろ……」
「うーん、まあ元気に見ゆっけん、一応」
千歳はにこにこと笑ったまま、おじさんが出したざるに丼を出す。
「元気よ。千歳がおらんでもぜーんぜん元気」
「そうか、やったら良かった」
千歳は適当に相槌を打つ。その態度に再び腹が立ってきた。ここにある紅生姜、全部入れてやろうかしら。じっと見ていると千歳は首を傾げる。
「なん、も替え玉要ると?」
「要ら……っ。……やっぱり、要る!」
「なーんね、それならそうと早よ言わんと。っちゅー訳で、替え玉一つ、この子に」
私はため息をつく。本当に言いたい事はこんな事じゃないのに。
――千歳も元気そうで良かった。
――目の調子はどう?
――そうだ、全国大会進出、おめでとう。
あと……。
「……ねえ千歳、」
「あ、おっちゃん、俺も替え玉もう一個」
「まだ食うとねー?!」
***
「はー、食った食った。これでしばらくは大丈夫ばい」
「そりゃ、あれだけ食べればね……」
結局、千歳は替え玉三個を加えたラーメンをたいらげた。
……そりゃあ、身長も伸びる筈だよ。
前々から高かったけど、大阪に行ってまた伸びたみたいだった。時間の経過を感じてちょっとだけ胸の奥が疼く。足元に視線を落とすと月が明るいせいで影が長く伸びていた。私のより更に長く伸びた千歳の影を見ながら後をついて行くと、ふと思い出した。
「……忘れとった。奢ってくれて、有難う。ご馳走様でした」
その言葉に千歳は微笑を浮かべる。何、と訝しむように見返すと、く、と咽喉の奥で笑った。
「、そういうとこ変わっとらんね」
「……そういうとこて、なん?」
「何て言うかなあ、礼儀正しかとこ」
優しく私を見下ろすものだから、私は慌てて目を逸らす。
「なあ、何で連絡せんやったか、知りたい?」
「別に、」
そう言い掛けたのに、千歳は続けた。
「中途半端に声だけ聴くより顔見て話したい、って思うてな」
「……え?」
「全国、お前達も行くとだろ?」
テニスが強いのはうちの男子部だけではない。女子部も全国行きを決めた。
でもそれはまだ、千歳には告げてない。
「……どうして、知っとると?」
「それこそ、ミユキが教えてくれたに決まっとるやろ」
可笑しそうに笑って先を歩く大きな背中。あの時、千歳が大阪に行くと聞いた時に凍らせた筈の想いがゆるゆると解けていく。
「あのさ、千歳、」
「んー?」
「えーと、そのー……もうカノジョとか、おったりする?」
「そんがんと作る暇無かよ」
その返事にほっとした。凍らせたくせに、結局捨てる事は出来なかった。未練がましいと分かってる。分かってるけど千歳を前にしたら、そんな気持ち、何処かに飛んで行ってしまった。まだ、好きだ。好きで仕方なくて、困る。
「?」
「……え?」
「や、お前何処行くと? 家、着いとるぞ」
気付くと私の家の前だった。あ、と呟くと、千歳はふきだす。じろ、と睨んでみても千歳は笑顔を崩さない。そのまま両手を上げ、一つ伸びをした。
「さーて、大阪に戻るとするか」
「……ラーメンも食べたし?」
口にした言葉は拗ねたみたいな調子になった。千歳は唇の両端を上げる。
「それもあるけど、に会えたけんが」
「……え?」
伸びてきた千歳の手に体を震わせると、千歳は笑う。笑って私の頭に触れる。私は、逃げる事も出来ずに千歳を見上げた。私の頭を撫でながら千歳は口を開く。
「またな」
「え……。ええー?」
千歳は踵を返し、歩いて行く。夜道にからころと下駄の音が響く。
「……こっ、今度は、ちゃんと連絡せなんよ!」
去って行く背中に叫ぶと、千歳は応えるように片手をひらひらとさせた。大きな背中を見送りながら、自分の頭に触れてみる。まだ温もりと感触が残っているような気がして、お風呂に入るのが勿体無いな、なんて思ってしまった。
('06.6.17)
Genius286(手塚を見に来た回です)から妄想。
タイトルは矢野顕子さんの歌からです(歌詞は関係ありません)。
あと、関西弁に自信が無いのでヒロインは熊本の、女子テニス部の子です。
(でも私、長崎出身なので熊本弁も、やや不安……。熊本出身の子の喋り方を思い出しながら書きました。長崎と熊本は似てるらしいんですが、結構違うー)
ちょこっとだけ訳を。大体こんな感じです。
標準語 熊本 標準語 熊本
居る → おる 〜しなさい → 〜しなっせ
しない → せん 〜だから → 〜けん
以下蛇足。
熊本出身の友達が、大阪に進学した時、帰省する度にラーメン食べてた、という話を聞いたので(あまりラーメン好きじゃなかったにも関わらず、大阪に居ると豚骨ラーメンが食べたくて仕方なかったらしい)この話を思いつきました。
ちなみに、替え玉、というのは、麺だけ追加することです。三つも入れたら汁は無くなってそうですが、一つしかしたことないから分からないな……。
あと、にんにくチップ。みじん切りのにんにくを油で揚げてあるやつで、これを入れると美味しいのです……。匂いもそこまで気にならない(ような気がする)。
ラーメン屋さんは私がよく行くラーメン屋さんがモデルです。いつ行ってもお客さんが多くて、待つ事になるほど、美味しいお店。本当に、替え玉一つ入れても五百円玉でお釣りがきます(たまに小学生だけで食べに来てる)。
ああ、こんなん書いてたらラーメン食べたくなってきたなあ(笑)。
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