揺曳 ―from Wild tulip―










先輩は鞄を膝に抱え背中を丸めている。

「お腹空いたね」
「……そうですね」

部活を終え校門を出るとバス停に図書委員で同じ係に就いている先輩が居た。聞くとさっきまで図書館で本を読んでいたという。本に夢中になっていて気付くと閉館時間になっていたのだそうだ。

「日吉は、」
「……はい?」

ベンチに腰掛けている彼女の白いうなじに見惚れていて返事が一瞬遅れた。先輩は気付いた様子も無く続ける。

「いつもこんな遅くまで部活をしているの」
「そうですね、大体」
「ふうん。大変だね」

感情の起伏の見えない物言いはいつものことなので、ただ頷いておいた。空腹のためか、力無く足を前に投げ出して座っているのに、彼女はいつもと変わらず静謐な空気をまとっている。そう見えるのは、欲目だろうか。

空を見上げると曇っていて星が見えなかった。
いつもなら、見えている筈の星が見えない。いつもなら、不本意ながら鳳と帰宅するのに今日は用事があるとかで先に帰った。おまけに先輩とバス停なんかで会ってしまった。

予定不調和な出来事は、あまり好きじゃない。

「バス来ないね」
「そうですね」

かと言って、彼女と会えたのが嫌な訳じゃない。むしろ、会えて嬉しい。一方的に見ていただけだったのに、こうして気安く声を掛けてくれるようになったのだから。

知らないふりはするけど鈍感じゃない彼女は、俺が好意を覗かせたことに、すぐさま気付いた。しかし、その態度に変わりは無い。今まで通り、少し仲の良い先輩後輩のまま。それに安堵しながらも歯痒かった。少しも揺らされない彼女が憎くもあった。

先輩は前を向いたまま口を開く。

「日吉、時計持ってる?」
「持ってないんですか」
「手に何か着けるの、好きじゃないの」
「……七時四十分です」

有難う、と彼女は礼を言ってから、膝に頬杖をついた。

傍に居られればいいと思ったのに、傍に居れば粗が見えて幻滅出来るかもしれないと思ったのに、気持ちは募る一方で、どうしていいかも分からない。今だって気の利いたこと一つ、言えやしないのだから。

「……先輩、」
「何?」
「バス、来たみたいです」
「え。あ、」

先輩は慌てて立ち上がる。バス停に滑り込んで来たバスに、スカートを気にしながら乗り込む彼女は、動かない俺を見て僅かに目を見開いた。

「日吉、乗らないの?」
「……俺は、バス通学じゃないんですよ」
「え……?」

堪えきれず笑って言った言葉に先輩は怪訝そうな顔をする。その表情に快哉を叫びそうだった。

「では、また」

そう告げると同時に目の前で音を立ててドアが閉まる。ゆっくりと走り出すバスを見送っていると、窓ガラス越しに目が合った先輩は微かに笑った。既にいつもの調子を取り戻しているようだ。
……この程度では、揺らされてはくれないか。

思い立って再び空を見上げてみた。やはり、星は見えない。見えないけど、無くなった訳じゃ、無い。それならまだ、諦めない。

俺は仄かに残る彼女の残り香を胸に吸い込み、家路に着こうと踵を返した。





107.野生のチューリップ

('06.6.27)
('07.3.5)








「青春あまったれクリーチャー」様に提出させて頂いたものです。
この歌の出だしの歌詞がとても好きで。
遊佐未森さんver.も良いです(途中の歌詞を「女性が歌うから」と変更した草野さんのジェントルマンっぷりにときめきました)。