振動数が、等しければ。










共鳴










「……たっ、」
「……どうしました」

手にしていた用紙の束を離すと、人差し指に赤い線が走っていた。線は見る見るうちに太くなり、熱を帯びていく傷口に血の珠が膨らむ。

「切ったんですか」
「……みたい。コピー用紙ってよく切れるのよね」

持っていた用紙の束を棚に打ちつけて揃えようとしたら見事に指が切れていた。紙だと思って侮っているとこうなる。とりあえず、血を止めなければ。

「見せてください」
「え、」

返事を待たずに日吉は私の手を取る。初めて触れた日吉の手に胸を高鳴らせる間も無く、傷口を一瞥した彼は唇を寄せ舌でなぞった。

「っな……!」
「消毒です」

いけしゃあしゃあと、日吉は言い放つ。

「……消毒どころか、おかしなものが入りそう」

恨みがましく言うと日吉は楽しそうに口の端を上げた。日吉は最近、私の前でよく笑って見せる。

「入ればいいですね」
「馬鹿な事言ってないの。絆創膏貰ってくるから、続き、頼むね」
「分かりました」

書庫から出て、司書の先生に絆創膏を貰う。さてこの指はどうしたものか。逡巡した末、水道で洗い、絆創膏を貼る。書庫に戻ると日吉は黙々とリストと閉架書庫の本を照らし合わせる作業を進めていた。

「進んだ?」
「はい、先輩の分は終わりました」
「え、」

日吉は書架から目を離さずに続けた。

「だから、待っていてください」
「……だから、っておかしくない?」
「お願いしてるんですよ」

何処がお願いしてるんだか。私は肩を竦めて見せ、置かれていた椅子に腰掛けた。それを見た日吉は微かに笑って作業を再開する。
私はぼんやりと日吉が立ち働くのを見ていた。日吉の立ち居振る舞いは無駄が無く、優雅だ。以前、忍足に聞いたことがある。テニス部に在籍しているけど、彼の家は古武術の道場なのだと。武道でも何でもそうだけど、何かを極めた人の仕種や行動はシンプルなのに、美しい。そんなことを考えながら日吉の姿を見守っていると、あることに気付いた。

「……終わりました」
「あ……うん、お疲れ様。じゃあ、帰ろうか」
「はい」
「……ああ、日吉、」

私の分と、自分の分と、リストをまとめていた彼は顔を上げる。手招きすると怪訝そうな顔をしながらも、私の傍に立った。

「何ですか」
「ちょっと、屈んでくれる?」

日吉は怪訝そうな顔のまま、不承不承屈んでくれる。私は日吉のシャツから垂れたネクタイを掴んで引っ張り、彼の唇の端を舐めた。

「……っ?!」

日吉は慌てて後ずさる。顔を赤くして、動揺している日吉なんて初めて見た。舌の上には日吉の血の、鉄っぽい味が残っている。私は立ち上がり、弧を描きそうな自分の唇の端を指差した。

「ここ、切れてるよ。乾燥してるんじゃない? リップクリーム、つければいいのに」

牙を剥くのは自分だけだと思っていたら、大間違いだ。日吉は眉間に皺を寄せ顔を隠すように口元に手を遣る。

「……普通、男は持ってないでしょう」

口元を押さえたまま紡がれた言葉はくぐもって聞こえた。私は、くくく、と咽喉の奥で笑う。

「じゃあ……私がつけてるのを分けてあげようか」

日吉は、一瞬虚を衝かれたような顔をしたけど、唇の両端を上げた。

「……いいんですか?」

頷く間も無く唇に降る日吉の熱。初めは軽く触れるだけだったのに、繰り返されるごとに、深く侵食されていく。倒れ込みそうになって日吉のシャツを掴むと、彼の腕が背中に回り、きつく、抱き締められた。

「……やっぱり、おかしなものが、入ったみたい」

唇が離れた隙に呟くと日吉は満足そうに笑う。再び私の唇を塞ぐ、乾いていた筈の日吉の唇は、何時の間にか潤っていた。


('06.8.28)








共鳴=振動数の等しい二つの音叉の一方を鳴らせば他方も激しく鳴り始める。

このお話でとりあえず、一区切りです。以下、蛇足。

目指したのは泣かないヒロインです。泣くヒロインが多いのでね……。かけひきヒロインというか、誘い受け?(わあ)
日吉の立ち居振る舞いは綺麗だろうと思います。姿勢も良さそう。あっ、箸使いとかも綺麗だろうな……! 男の人の箸使い綺麗なの見るとときめきませんか。敬語で話されるのもときめきますが!
しかしこの日吉は手が早いですね。書いている時は思わなかったけど推敲してたら「うん?」ってなりました。気付くと何回もちゅーしてた……。
この後、もう少し続くのですが、だーくというか、あだると(平仮名で書くとあたま悪そうだ)な感じになる予定なので隔離部屋の方で公開します。
大丈夫、という方のみ、お付き合いくださいませ。でも私が生々しい表現を書くのが苦手なので、それ目当てだとぬるいと思います。