偶然がもたらしたもの。
extra 偶然の発見
煙草が切れた夜、買いに行こうか迷っていると窓の外に紫煙がたなびいているのが見えた。不思議に思ってベランダに出てみると、隣人が煙草を喫っているようだった。
「……なあ」
気付いたら、声をかけていた。突然声をかけられ驚いたのか、彼女は持っていた煙草から手を離す。小さなオレンジ色の光が線を引いて闇に消えた。
「……ああー」
「びっくりさせてもうたか?」
隣との境から顔を出すと、驚いたように一瞬目を見開いた後、彼女は笑う。
「……しましたよ」
それがきっかけで、隣人と話すようになった。
同い年だという彼女は幼い顔立ちをしていた。かと思うと細い煙草を銜え、遠くを見つめ煙を吐く。初めはそのアンバランス加減が気に入っていた。今考えると失礼な話だが、いい暇潰しの相手くらいにしか、思っていなかったのだ。
***
「侑士は私と居ても、ちっとも楽しそうじゃない」
思い詰めたような表情をして、付き合っていた彼女は唐突にそう言った。
「……はあ?」
「だからもういい。じゃあね」
何がもういいなのか、さっぱり分からなかったが彼女は涙目で告げ、俺を置いて店を出て行った。
……ドラマみたいやな。
呆気に取られた後感じたのはそんな感想だった。追い掛けるべきなのかもしれない。が、そんな気が起きなかった。嫌いじゃなかった、と思う。顔も、性格も、悪くなかったし、うまく行ってるつもりで居たのだけど。
……どうせえちゅうねん。
女と付き合っていて、あまり長く続いた試しが無い。付き合っていると彼女達は、私を好きじゃないのね、と決まって口にした。そんな事を言った覚えは無いのだが俺からしてみれば、自分の台詞に酔うてんな、と冷めてしまう。そもそも付き合ったからといって分かり合うことなんて無理に決まっているのに。
その内に彼女達は一人で納得し別れを口にする。それに異を唱えたことは無かった。執着心が薄いのだ、と他人事のように分析していた。
***
隣人は、ゆっくりと話す。互いにどうでもいい事しか話さないけれど、俺を見ても何処か期待するような視線を送ることが無い彼女と話すのは、楽だった。裏に期待が透けて見えると鬱陶しく感じるものだが彼女はそんな素振りを見せない。人懐こそうな笑顔を見せ軽口を叩くけど図々しくはない。地方から氷帝に進学するということは、実家はそれなりに裕福なのだろう。その割に浮わついたところは無い。いいな、と思うのに、そう時間は掛からなかった。そうしてみると彼女と過ごす時間がかけがえの無いものに感じられた。
もっと話していたい―――彼女を、知りたい。
*
初めて彼女に触れた時、今まで女の子に触れた事が無い訳じゃないのに緊張して手が震えそうだった。小さな手はアルコールのせいか熱く、そっと握り返された時、抱き寄せたい衝動を抑えるのに必死になった。二人の間に漂うとしか言いようの無い、微かな繋がりを壊したくは無かったから。何より、強引にして、嫌われるのは嫌だった。初めて知る、怖れと執着。今まで受け身だったせいか、どう処理していいか分からない。それでも、月を見上げながら二人で帰った夜の事は何度も、何度も反芻しては幸せな気持ちになった。
***
「忍足くん? どうしたの?」
「いや何でも……。、皿は後で洗うからええよ」
あの後、彼女と付き合い始めた。互いに学生の身。何より学業が忙しくなかなか会えないことも多いのだけど、それでも何とかして会おうと思う自分が居ることが不思議だった。
……今までこんな風に思うたことなんて無かったのに。
「うーん、でも水に漬けておかないと」
「ああ、そうやんな」
「ね」
彼女は楽しげに笑った。思わず、つられて笑う。食器を水に漬け終えたは俺の隣に座る。
「今日は何を借りてきたの?」
「これ」
レンタルしてきたDVDを見せると彼女は微笑む。
「ああ、これ観たかったの」
「そうか」
こうして付き合うようになっても些細なことしか話さない。その些細な会話が楽しかった。俺がと話しているのが楽しいと感じているように、もそう感じてくれてたらいいと思う。
今でも、分かり合うことは無理だと思ってる。
でも、少しでも分かりたいとも、思う。
真剣に画面に見入るは、俺のことなど忘れてしまったかのようだった。何となく面白くなくて肩を抱き寄せると体を強ばらせ俺を見上げる。
「ど、どうしたの?」
「何となく。あかん?」
「駄目じゃないけど、緊張する……」
「何で。もっと色々しとるのに」
「い、色々って」
「え、キスとか、せ、」
「わーわーわー! いいから言わなくて!」
顔を赤らめ言い募る姿に笑みが零れた。
今までだって自分を作っていた訳じゃない。むしろ自分の思い通りにしか生きてなかったように思う。それがどうだろう。と居ると楽に呼吸が出来る。今まで肩肘を張って過ごしてきたのだと気付いた。気付かせて、もらった。
偶然がもたらした出会いに感謝しながらを抱き締めると、彼女は困ったように眉を寄せながらも微笑んだ。
('06.10.15 Happy birthday to Yushi Oshitari!)
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忍足お誕生日おめでとうー!
という訳で、「たしかな偶然」忍足編+その後です。「たしかな偶然」を書いている時から考えていた話。書き上がって良かった!
以下、蛇足。
以前、バトンを頂いた時に、好きな英単語は? という問いがありました。「serendipity」というのが好きな英単語です。意味は、偶然の発見、または、偶然で、いいものを発見する才能のこと。響きも、意味もすごく好きで。
いつかタイトルに使いたい、と思っていて、このお題を見つけた時に、続編のタイトルにしようと決めてました。いやあ、時間かかってるなあ(笑)。
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