何も知らなかったラプンツェル。
塔から降ろされ荒野に追われ。





塔から降りて・1










……ああ、ざわざわする。
桜も薄水色の上天気な空も、靄を纏ったように現実感が無い。両脇で菜の花が揺れる道を歩きながらぼんやり思った。
春は何だか落ち着かない。新年度が始まった事も関係しているのかもしれない。気候的には一年で一番いい季節なんだろうけど、私は春が苦手だった。私の意志とは関係無く、変化を迫られてるようで。



私はバスで三十分くらいの女子校に通っている。授業に宗教の時間があるようなミッションスクールで、信者でない私もミサに出席して神父様のお話を聞く。十字架に磔刑にされたキリストが見下ろす下、私は頭を垂れ、目を閉じる。
……神の御前でやましく思うのは罪を背負っているから?
あれを過ちだとは思ってない。思いたくない。でも罪深い事をしたと感じるのは、過ちだと思っているからだろうか。
誰も、答えてはくれない。



***



「……は? 私?」
、暇でしょ」
「暇だけど、それとこれとは別でしょう。何で私が」
「頼める人が他に居ないのよ……」

友人のはテニス部部長で、頼みとは今度の練習試合の時に、人手が足りないから手伝って欲しいという事だった。何でも二人居たマネージャーの、一人が突然辞めたらしく。

「お願い、夏までには見つけるから。ってゆうか、今度の練習試合まででいいから!」

拝むように両手を合わせ私を見た友人に、首を横に振る事が出来なかった。



***



昼休み、図書館で何時もの本を開く。
グリム童話の『ラプンツェル』。
開き癖がつきそうなほど読んだそれを、今日もまた読んでいた。



夫婦は長い間、子供を授からなかった。ようやく身籠った妻は、隣に住む老婆の庭のラプンツェルを欲した。困った夫は、盗みに入るが、老婆にばれてしまう。事情を聞いた老婆は、ラプンツェルを与える代償に生まれてくる子供を求めた。
生まれてきた娘はラプンツェルと名付けられ、12になると塔の上へ。
老婆はラプンツェルの編んだ髪を伝い登り、梯子も何も無い塔に登っていた。それを偶然見た男は、同じように呼びかける。

「ラプンツェル、ラプンツェル。お前の髪を垂らしておくれ」

突然現れた男に驚くものの、男は優しく、何時しかラプンツェルは男を受け入れるようになる。何も知らなかったラプンツェルは、忍んできた男との間の事をうっかり老婆に漏らしてしまう。罪は白日の下に晒され、老婆は怒り狂った。

ラプンツェルは髪を切られ、荒野に追われ。
ラプンツェルを失い絶望した男は両目も失って。



読む度に私は”あの事”を思い出す。思い知る。何も知らなかった私。それこそ、ラプンツェルのように。知らなかった、では済まされない事を、私はしてしまった。”あの事”は、誰にも言っていない。言える訳が無い。私と彼と、神様しか知らない罪。
―――でも、それだけ、罪を知られていれば十分だ。


('05.2.17)


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