塔から降りて・2










「……立海大?」

練習試合先に向かうバスに乗って、ようやく目的地を聞かされた。

「そう。あそこも強豪だからね」

はMP3プレイヤのイヤフォンを付けながら言う。

「ふうん」

何とはなしに頷いて、バスの窓の外を流れていく景色を見ていた。



***



急に決まった父の転勤で、中学校に上がる時私は引っ越した。中学校は公立に行ったが、英語をもっと学びたいと思った私は英語教育で有名な女子大の附属の女子高に進学を決めた。私立校は上に上がれば上がるほど入学するのが大変だ、と当時の担任に言われたからだった。おかげで高三になったけど、私は世の受験生からすれば気楽な身分だ。このままの成績と内申を維持していれば、附属の大学には推薦で上がれそうだから。それに―――女の子ばかり、というのも魅力的だった。



中学校に入学してしばらく経った頃の事だ。
忘れ物を取りに戻った私は、クラスの女の子達が話していたのを聞いてしまった。

さんって、男に媚売ってるよね」
「カマトトぶってるって言うかさー」
「ああいうのが一番タチが悪いんだよね」

並べられた言葉の数々に、私は全身の力が抜けて崩れ落ちそうだった。

私は、男の子が苦手だった。
乱暴な態度も言葉遣いも、相容れないものだと思ってた。そんな中、幼馴染の彼とだけは普通に話す事が出来た。彼も乱暴ではあったのだけど、私には優しかった。泣かされていた私を、いつも助けに来てくれた。その彼以外の男の子と話す時、私は何時も緊張した。男の子達と対峙すると、声も震えるし、赤面してしまう。何を話していいか、分からなくなる。
……それが媚を売っていると言うのか。
私は、辛くて堪らないと思っていたのに。

ドアに掛けようとした手を下ろし、踵を返した。
……どうして、あんな事言われなきゃいけないの。
滲んでくる涙を手の甲で拭う。何時の間にか家までの道のりを走っていた。抑えても込み上げる嗚咽で、苦しかった。
……男の子が居るから、こんな事言われるんだ。
男の子相手でなければ、普通に話せるのだから。

今考えると突飛な思考だとは思うのだけど、あながち間違ってもいない気がした。



***



ってば」
「……ああ、何」

ぼんやりしていたせいか、呼ばれていたのに気付くのが遅れた。

「次降りるよ」
「はあい」

バスを降りると目の前に立海大附属高校はあった。違う学校と言うのは物珍しい。きょろきょろしながら歩いていると、さん、と誰かが呼んだ。

「こんにちは、今日はよろしくお願いします。……、こちら、立海の部長さん」
「こんにちは」

にっこりと笑ったその人に私も微笑み返す。

「何か必要なものあるかしら」
「ええと、水道は何処でしょう」
「ああ、こっちよ。……ごめん、案内してくれるー?」

立海の部長さんが言うと、マネージャーだろうか、おさげにした女の子が走ってきた。私に一礼すると、促すように歩き出す。

「こちらです」
「すみません」

彼女は私より年下のようだった。タオルやボトルの入ったバッグを抱え直し、彼女の後に続く。音がして、テニスコートを見ると、男子も練習していた。
……そうだ、立海は共学の学校だった。
日常であまり見る事の無くなった男の子達の姿に眉間に皺が寄る。飛来する感情に胸がざわついた。
……馬鹿みたい。自意識過剰だわ。
ふと、自分の行動が可笑しくて笑いが漏れた。

「ここです。トイレはあちらの方を使ってください」
「あ、有難うございます」
「いいえ、他に何かあったらおっしゃってくださいね」

分担して運んだ荷物はそう重くないけどかさばって、肩が凝った。荷物を下ろし、ほぐすようにぐるぐる腕を回す。用を済ませ手を洗い、一息ついたところで、たちの所に戻ろうと振り返ると、男の子が立っていた。びく、と体が震える。
ラケットを持ち立海のユニフォームを身に纏ったその人は、ゆっくり近付いてきて口を開いた。

ちゃん……?」
「え?」

突然自分の名前が出てきて驚いた。しかも、苗字じゃなくて下の名前を呼ばれるなんて。訝しみながらも、まじまじとその顔を見つめ、息を呑む。我知らず、彼の名を口にしていた。

「……あか、や……?」

彼は―――赤也は、嬉しそうに笑う。

「やっぱり! 久しぶり、ちゃん」

私は、今にも倒れこみそうだった。


('05.2.22)


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