塔から降りて・5










近くの公園に向かうと人影は無かった。
周囲に公園に来るような子供達が通う学校が無いからだろうか、その公園は忘れ去られたような場所だと思っていたところだった。大人しく私について来た赤也は、私が振り返ると口を開く。

ちゃん、その制服似合うな」
「……そう?」

修道女みたいな制服だったが、絞ったウエストから広がるスカートが歩く度にひらひら揺れる所が自分でも気に入っていた。

「うん。可愛い」

臆面も無く褒められ、私は熱くなった頬を押さえる。
……いけない。
私は緩みそうな唇を抑えて呼びかけた。

「……赤也、私に何か用があったの?」

赤也は、きょとんとした顔をした後笑う。

「会いに来たんだけど?」
「どうして」
「だってちゃん、急に引っ越しただろ」
「……それは、」

引っ越した時は、急だったせいで別れも言えず悲しかった。でも、”あの事”を知ってしまった後は、あれで良かったのだと、顔を合わせず済んで良かったのだと、思っていた。思い込もうと、していた。

「ねえ、ちゃん」

赤也は顔から笑みを消し、私に手を伸ばす。触れられそうになった時、反射的に後ずさるとちょっと傷ついた顔をした。

「……後悔してんの?」
「な、にを……」
「やった事」

急激に背筋が冷えていく。震える躰を励まし口を開いた。

「……やった、とか言わないで」
「事実だろ。5年前、ちゃんとオレはセックスした」

目を逸らす事を許さないように私の目を見据えて言った。耳なじみの無い、それでも繰り返し自責の念に駆られていた単語を言われ凍りつく。晒された罪の前に叫びそうになって思わず両手で口を押さえた。

「オレは、後悔してないよ」
「わ、私は、」

言うべき言葉が見付からない。それでも目を逸らせなくて、ただ赤也を見上げていた。

「ずっと、」

赤也は私の頬に触れる。今度は、逃げなかった。逃げられなかった。

「逢いたかった」

硬い手の感触に鳥肌が立つ。大きな手が私の頬を軽く包み込んでしまう。赤也は目を柔らかく緩ませた。胸の奥が音を立てる。顔が近付いてきて口付けられた。赤也のくせっ毛が頬に触れ、くすぐったい。ついばむように繰り返されるキスはだんだん長くなっていく。苦しくなって息をつこうとしたらと舌が差し入れられた。歯列を割って簡単に私の舌を絡めとる。その胸を押し返し躰を離した。

「……ちょ、赤也、待っ」
「待たない」

不機嫌な顔をした赤也は言い放つ。

「折角逢えたのに、どうして待たなきゃなんねえの」
「え……?」
「……オレ、ちゃんが好きだよ」

唐突な告白に私が目を何度か瞬かせると、自嘲気味に笑って続けた。

「色々と、順番が逆になっちゃったけど」
「……でも、私達5年も会ってなかったんだよ?」
「この前会ったじゃん」
「この前って、」
「見た瞬間、ちゃんだって直ぐに分かったよ。綺麗になってて、どうしようかと思った……やっぱり、好きだって、思った」

赤也は私を抱き寄せる。抱き寄せた腕は、微かに震えていた。懐かしい赤也の匂いに頭がくらくらする。

「……オレ、本当は知ってたんだ」
「え?」

私の肩に顔を埋めるようにして赤也は言った。

「オレは分かってて言ったんだよ。あれが、どんな事なのか分かってて言ったんだ」
「……どういう、事?」

困惑して赤也を見ると、赤也は微かに唇の両端を上げる。

「あんなに血が出るとは思わなかったからびっくりしたけど……でも嬉しかった。初めて触れたのがオレなんだって、オレが血を流させたんだって」

……あれが、どういう事か分かってて言った?
混乱する私をよそに、赤也は続けた。

「だから、もう……逃がさねえよ」

微笑んで赤也が言った言葉に背中がぞくぞくする。
……もう、逃げられないんだ。
それは恐怖すら覚える言葉なのに、ひどく、甘美な宣告だった。

「……後悔は、してないの」
「うん」
「ただ、罪悪感があって」
「何で」
「……赤也を巻き込んで、とんでもない事をしてしまった気がしてたの」
「ちょっと早かっただけだって」
「ちょっと、かなあ」

苦笑を浮かべると、赤也は私の髪に顔を埋めながら言った。

「ちょっとだよ。オレ達は悪い事なんて何にもしてない」
「……うん」

赤也の胸に額を付けて目を閉じる。速い赤也の胸の鼓動に、同じだわ、と思った。

「ところでちゃん」
「……え?」

声に顔を上げると、赤也は困ったように目を逸らし呟いた。

「その顔は反則だろ……」
「反則って何」
「ああもう……とにかく! オレとしては返事が欲しいんだけど?」

返事って何だろう、と思った後、気付いた。
……そうだ、私、告白されたんだ……。
初めてされた告白に、今更のように顔が赤くなる。

「……あの時の私は、赤也の事が大好きだったよ」

そう言うと、不満そうに赤也は口を尖らせた。

「今は?」
「……まだ、分からない。今の赤也を知らないから。でもね、」

胸がざわざわする。落ち着かなくて、どうしていいか分からない。ただ、歓喜に満ちている事は確かで、私の唇は自然と弧を描く。

「知りたいと、思うよ」

その言葉に抱き締める力が強くなって、息が苦しくなった。

「赤也、ちょっと、苦しいってば」
「どうしよう、オレすっげー幸せなんだけど」

その言葉に、胸の奥がきゅうと押さえられたみたいになる。

「……うん、私も」



ラプンツェルは荒野に追われるけど、男も光を失うけど。
荒野を流離った男が歌声に惹かれ辿り着いた先にはラプンツェルと子供が居た。光を失った男の姿に涙したラプンツェルの涙は奇蹟を起こし、男は光を取り戻す。

あの話は、ラプンツェルは、私みたいだと思ってた。
それならこういう展開もありなのかもしれない。
―――だってあの話は、本当はハッピーエンドだと思っていたから。



赤也は頬を摺り寄せて呟くように言う。



……あ、呼び捨てにした。
未だに腕の力を緩めてくれない赤也の腕の中で、苦しいなあ、と思いつつも、私は頬が緩むのを抑えられなかった。


('05.3.9)


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色々とアレな話を最後まで読んで頂き有難うございました。
これは、橘裕さんの「あ の 森 に 沈 む 月」を読んで思いついた話です(まだコミックス化されてません)。幼い頃の性というか、無知というか。そんなの。
以下、蛇足です。

このネタで書きたい! と思いついた相手は何故か赤也でした。書いてみたら、ちゃん付けで呼ぶ赤也が気に入ってしまいましたが。なんか可愛くないですか?

ヒロイン視点で書くとキャラ視点の、キャラ視点で書くとヒロイン視点の話を思いつきます。一人称で書くせいですね。

ラプンツェルは、つっこみどころは多いけど好きな話です。あらすじを書く為に読み直したら、やっぱりつっこみどころ満載でした。

ええと、幼稚園はカトリックのところでしたが、私自身は仏教徒です。割と有名な教会のすぐ近くの幼稚園で、住んでた所(高校までは長崎に住んでました)もカトリック信者の方が多い所でした。なので、ヒロインがお話を聴くのは神父様からです。イメージがそこの教会なもので。
(プロテスタントだと、牧師様になりますね。ロザリオも、プロテスタントでは使わないそうです。門前の小僧程度の知識なので詳しくはありませんが)

あと、女子校は長崎のミッションスクールの女子校二つをミックスしてイメージしました(片方の制服は憧れでした)。女子校経験は短大だけなので、あくまでイメージです。男子が苦手な訳でもありません(笑)。