塔から降りて・4










「……?」
「ん……?」

私は机に伏せていた顔を上げる。どうやら授業は終わってしまったようだった。

「大丈夫?」
「ああ、うん……」
「痛みは」
「それは、大丈夫なんだけど」

昨日の夜から生理が始った。いつもはそう痛くも無いのに、今回は痛くて。朝食の後、鎮痛剤を飲んで家を出てきた。痛みは和らいだけど、朝から眠くてたまらない。

「ただ、眠いんだよね。薬のせいかな」
「そうじゃない? お昼どうする?」
「食べる。食べないと薬飲めないし」

私は机の横にかけていたバッグからお弁当箱を取り出した。もお弁当箱を開け、コロッケを口に入れる。
変わらない日常を過ごしながらも”あの事”を忘れる事は無い。毎月血を流す度に、”あの事”を思い出す。あの時と同じように、私の躰から流れ落ちる血液。思い出すのは苦しいけど、血を見ると安心した。
……罰されているようで。

「そう言えばさ」
「ん?」

パックにストローを刺しながら訊き返すとはにやりと笑う。

「この前、立海に行った時喋ってた子とはどういう関係?」
「……気付いてたの」
「二年の子から聞いたのよ」

あの後、私は逃げるようにして達のところに戻った。ただただ驚いて、話すことも出来ないまま。私はジュースを一口飲んで答える。

「……幼馴染。5年ぶりに会ったよ」
「5年ぶり? 幼馴染なのに?」
「私、中学に上がる時、引っ越したから」
「切原赤也、だっけ」

赤也の名前がするりと出た事に目を見開く。

「……知ってるの?」
「全国区の立海男子テニス部の、レギュラーだからね。中学の頃から有名だよ」
「ふうん……」

そうなのか、と他人事のように思う。
引っ越してから、赤也と会った事は無かった。会いたい気持ちはあった。でも、会いたくない、とも思っていた。

「何か、話した?」
「別に」
「つまらないのー。ってあんまりそういう話しないよね」
「そういう話って何よ」
「だから、彼氏とか、好きな人の話とか。女子校なんだからさ、そういう出会いは大切にしないとー」

……出会いなんて要らない。折角逃げてきたのに。
さすがにそれは口に出せず、飲み込んで笑う。

「出会いも何も……幼馴染なんだってば」
「でも5年会ってなかったんでしょ。変わってたんじゃない?」

私は、私の名を呼んで笑った赤也の姿を思い出していた。背も伸びて、声も低くなって。広い肩幅、筋肉のついた腕、男の人になっていた幼馴染。
―――現れた私の罪の被害者。

「……そうね」



***



「……ねえねえ!」

帰りのSHRも終わり帰り支度を整えていると、既に教室を出た筈のクラスメイトが教室に飛び込んできた。

「校門の所に男の子が居るよ! 立海大附属の子みたい!」

立海、という単語に、びくりと体が震えた。
……え?
残っていたクラスメイト達は我先に窓に近寄る。

「何処よー? あ、本当だ、居る居る!」
「うあー、顔見えないね」
「誰を待ってるのかしら」

年頃の女の子の集団は、こういう話題には喜んで飛びつくものだ。ましてやここは女子校。校門前に男の人が立っているだけで様々な噂が校内を駆け巡る。



は私を見て笑う。

「……何よ」
「立海、だって」

は含みがある物言いをした。私が眉間に皺を寄せると可笑しそうに続ける。

「キリハラくんが、会いに来たんじゃない?」
「……まさか、」
「じゃあ、見に行こうよ」





校門の所に立っていたのは、赤也だった。テストの時には働かないくせに、こういう時の予想は当たって嫌になる。
私の姿を見つけた赤也は、笑顔を浮かべ歩み寄ってきた。

ちゃん!」

ちらちらと視線を投げかけ通り過ぎていく生徒達が、私の名前を聞きつけ囁き合っている。
……ああ、こんなに目立つ日が来るとは思いもしなかった。

「……じゃ、、私は部活に行くから」
「え、?!」
「明日、話聞かせてね」
「うそ、あの、」

は、そう言い残しテニスコートに歩いて行く。その背中を恨めしく見送っていると、何時の間にか赤也が傍に立っていた。私はびくつきながら彼を見上げる。そんな私を気に留める風もなく、赤也は口を開いた。

「良かった、ちゃん帰ってなかった」
「えと、うん。あの、赤也……」
「何?」
「とりあえず、ここを離れない?」

シスターに見付かるとまずい事になる、と思ったのだ。赤也は私の言葉に頷いた。


('05.3.5)


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