〜砂糖菓子の魔法〜
商店街にあるケーキ屋さんが最近、代替わりをした。
東京で修行をしていた息子のお兄さんが戻ってきてから、お店のショーケースの中身はガラリと変わってしまった。
シュークリームは一回り小さくなって、こんがりと焼けているシューは厚くパリッとした歯ごたえ、上には刻んだナッツとパウダーシュガー。クリームもバニラビーンズが混じったカスタードクリーム、味はこってりと濃厚でとても美味しかった。
だけど、そのシュークリームを味わって、ちょっともの悲しくなってしまう。大柄でとてもケーキなんか作るように見えなかったおじさんのシュークリームはもう、二度と食べる事ができないから。
おじさんの作るシュークリームはシューは薄く、カスタードクリームと生クリームが入っていて、大きくてぽってりとしていた。お兄さんが作るものと比べたら見た目は野暮ったく、味もいかにも街のケーキ屋さんという感じ。でも、小さい頃から慣れ親しんだ味を、もう二度と味わえない。白い箱の中で、ツンとおすまししてるみたいに並ぶ小振りなシュークリーム。変わっていくってこういう事なんだ。と思う。
買ってきたママの話によると、来週からお店は改装工事に入るそうだ。
お兄さんとそのお嫁さんでちょっとしたティールームを作るらしい。あぁ、お店も替わってしまうんだ。慣れ親しんだお店すら、目新しくなってしまう。淋しいなあと思いながら、わたしは箱の中のシュークリームをまた一つ取り出してそのままかぶりついた。口の中いっぱいに広がった甘い甘いカスタードクリームを味わいながら、淋しい気持ちが胸の中に広がるのを感じつつ、指先に残ったパウダーシュガーをぺろりと舐めた。
「よー、」
「あ、ブンちゃん」
オッス!と言うように、軽く片手を上げたブンちゃん。我が家のお向かいに住むブンちゃんと朝に会うのは、ものすごく久し振りで、予期せぬ出来事に胸がトクンと一度だけ跳ね上がった。
「お、おはよう。今日は、朝練ないんだ?」
「バッカ、今日から試験だろー。あるわけねーって」
「…あぁ、そっか」
「つーか、一限から数学って泣けてこねぇ?」
「……まぁね」
ニッと笑いかけてくるブンちゃんを見上げてしまう。あぁ、小学校の頃はそんな事なかったのになぁ。気がつけば、入学当初はちょっと大きめに見えた制服姿も今では何の違和感もない。
うん、まぁ、性格は相変わらずなんだけど、どんどんと男らしくなっていってるんだよね。ブンちゃんを男の人なんだぁと実感したのも立海に入学した頃だった。ある日を境に、声がぐんと低くなって、ふっくらとしていた頬がシャープになって、伸びた身長。わたしだって、ちょっとは背が伸びたけれど、ブンちゃんに比べたら…いや、まだあきらめるには早いかも、高校生なってから伸びるって話も聞くし。
「ともかく、さっさと試験が終わって欲しいぜー」
「…今日からだっていうのに」
思わず呆れて言うと、ブンちゃんはちょっと眉を寄せて見下ろしてきた。まぁ、気持ちはわからないでもないけれど…。
「チェッ、冗談つーじねーのな。お前」
「…はいはい。ごめんなさいね」
コツンと小突かれながら、そういえば、二人で一緒に駅まで歩くのなんて、これもまた、ものすごく久し振りだ。ブンちゃんはテニス部の朝練があるから、帰宅部のわたしより早いし、帰りだって遅い。ブンちゃんのお母さんが「ほんとに、毎日、朝早いし、夜も遅いからこっちも大変なのよねー休日だって、練習あるし」と笑いながら家でママと喋っていたのを思い出した。
隣で、今日の試験範囲のことをぶつぶつ言ってるブンちゃんの話に頷いたりしていたら、いつの間にか商店街の入り口だった。シャッターが下ろされてるお店を見つつ、通路の真ん中を歩きながら、ふと目に入ったケーキ屋さんのパステルブルー色のシャッター。白いペンキで書かれてるお店の文字はかすれて読みづらくなってた。あ、もう当然、知ってるよね?なんて思いながら、わたしはブンちゃんに聞こうと思って口をひらいた。
「ねっブンちゃん」
「ん?なんだよ」
「ケーキ屋さん、代替わりしたって知ってる?」
ブンちゃんを見ると、知らなかったみたいで目をおっきくしてわたしを見てる。…あれ、知ってると思ってたのに。ブンちゃんちのお母さんも弟達もあそこのシュークリームが大好きなんだもの。
「…え、知らなかったの?」
「…おぉ、マジかよっ、?」
「うん。わたし、てっきりもう知ってるかと思ってた。だって、おばさんあそこのシュークリーム大好きでしょ?」
すると、ブンちゃんはがっくりと肩を落として、はぁーとそれは大きな溜息をつく。
「この前からよ、母ちゃんがダイエットなんて言い出して、食ってねぇんだよ。あーマジかよ…。大体、俺らを巻き込むなって思わねぇ?シュガーレスクッキーとか、買い込んできちまって、うちでのおやつライフは散々なんだぜ」
…あぁ、だから購買部で見かけた時に、あんなにジャムパンとか甘いお菓子がいつもより多く抱えてたんだ。納得。
見るからにがっくりしているブンちゃん。
「で、は食ったのかよ?…あそこって、兄ちゃんがいたよな?そいつが今、作ってるんだろぃ?」
「…うん。美味しかったけど。おじさんの作っていたのは見た目も味も全然違うよ。…あとね、店内改装もするって聞いたの」
シュークリームの大きさも。までは言えなかった。だって、一限が数学の試験って言ったときよりも、はるかに落ち込んでるブンちゃんに止めを刺すような事はさすがに言えないもの。
「うまいのか?…あーでも、アレを二度と食えねぇと思うとなぁ」
感慨深そうに、通り過ぎてしまったケーキ屋さんのシャッターを振り返って見たブンちゃん。
そう、誕生日、クリスマス、ひな祭り、五月のお節句、何かのイベントがある度に、わたしんちもブンちゃんちも、あのケーキ屋さんを利用していた。そして、ちょっとしたお祝いなどにも。テストで満点だったり、運動会で活躍したりと、ささやかなお祝いの時には、いつもテーブルの上を飾ってくれた、おじさんのケーキや洋菓子。
小さい頃、ブンちゃんのお母さん達と連れ立ってケーキ屋さんによく行った。すると、大柄なおじさんがコック帽を被ってひょっこり厨房からお店に顔を出して、買いにきたわたし達に、サービスだよ。と小さな砂糖菓子をくれたりした。手渡される砂糖菓子は毎回違う形をしてた。キノコだったり、切り株だったり、女の子や男の子。可愛くて、食べるのがもったいないと思っていると、さっさと食べちゃったブンちゃんが欲しそうな顔で「食わねーの?」と聞いてくるから、慌てて口に入れたりしたこともあった。ちょっと囓れば、甘くて口の中であっという間にとろけてしまう砂糖菓子。
「まー、うまいなら、今度買ってみっか」
駅の改札を抜けた時、ブンちゃんがポツリと言った。なんだか、ちょっとだけ淋しそうに聞こえて、わたしまでもが淋しくなってしまいそうになる。ホームでテニス部の友達を見かけたら「じゃあな」と軽く手を挙げて歩いていく後ろ姿を見つめながら、溜息を漏らした。
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