「はい。あと15分です」

鉛筆の音だけが響いていた教室に、先生の声が響き渡った。半分、や、ほとんど寝ぼけた頭のまま時計を見上げれば、カチッと長針が動く。

「次はお昼休みですから、終わっている人は、プリントをそのままにして退出してもいいですよ。まだ、問題を解いている人もいるので静かに退出して下さい」

おぉ!ラッキー!一足先に購買へ行けるじゃん!俺はチラッと公民のプリントを見て席を立った。ふと、「赤点は厳禁だ!」とか言ってた真田の顔が浮かんだけど、赤点取るほどじゃねーしな、と思ってそのまま教室を出ていった。
軽い足取りで、購買へ向かう廊下を歩いてると、どの教室も水を打ったように静かだ。
やりぃ!甘いもん買い占めるぜっ!なんて思いながら、購買を覗くと、案の定おばちゃん達が、べらべら喋ってるだけで、生徒は誰もいなかった。

「おばちゃん、あんパン、クリームパン、フルーツサンド。あ、これって新商品?」

ガラスケースの中には俺が見たことのないのが、左端の一番下にあった。…どう見てもシュークリームだよな。クスッと笑う声が聞こえて顔を上げると、おばちゃん達は顔を見合わせて笑っていた。

「さすが丸井くん、目ざといねぇ。これね、試しに入れたんだよ。数はそんなに仕入れてないから、いつもの時間にきたらなかったかもね」

おばちゃんは注文したパンを手際よく袋に詰めながら教えてくれた。一年の時からほぼ毎日、来てるせいかおばちゃんにも顔を覚えて貰った。たまに、生徒が少なかったりすると、おまけしてくれるんだよなぁ。ビニール袋に入ったシュークリームを指さしながら喋る。

「じゃ、おばちゃん、これも一個くれ。あと、牛乳」
「はい、いつもありがとうね」

お金を渡して、俺は袋を受け取り、食堂へ行かず部室へ向かった。ほら、赤也とかに見つかるとうっせーからよ!何せ今俺の手の中には、購買で人気の三商品があるわけだしな。しかも、シュークリームまでも。
うひひっとにんまりしながら、ドアを開ければ誰もいない。時計を見ると授業が終わるまで後、5分もある。
やっぱ、一番先にシュークリームだよな!と思ってベリッとビニールの袋を破ると、とたんに甘い匂いが俺の鼻をかすめる。あぁ、やっぱこの匂い、たまんねー!と思いながらバクッとかぶりついた。

もしゃもしゃと噛みながら、残り一口になったシュークリームを見て、今朝のの話を思い出した。
「代替わりしたの、知っている?」と聞いてきたあいつの顔は、ちょっとだけ淋しそうに見えたな。
あのケーキ屋は、何かってーと母ちゃんが買ってきて、ホンとよく食っていた。ショートケーキにモンブラン、レアチーズケーキ、季節事に変わるフルーツケーキもあったな。誕生日のケーキとクリスマスは必ずあそこのケーキ。毎年毎年、ちょっとずつアレンジされてるクリスマスケーキは12月になる前から、母ちゃんに「予約したのかよ?」って俺や弟達が聞いてた。名の知れた有名店のくそ高いケーキもうまいけど、やっぱり、ここぞって時は、値段もボリュームも味だって、ここにはかなわねぇって思ってた。なんつーの?染みついてるって言うんだろうか?

そういや、昔はんちと合同クリスマスパーティとかしたよなぁ。母ちゃん達はノリノリで食いきれるのかよっ!って量の料理を作って、父ちゃん達はご丁寧にサンタの格好までしてた。ケーキも俺んちがホールケーキでイチゴがのっかってるヤツで、んちはブッシュドノエルとかいう、木の形をしてたチョコレートケーキで、俺らは二種類も食えることに大喜びだったよな。…ちょこんと上にのった砂糖菓子は、弟たちととじゃんけんまでして取り合った。
それと、週に一回、多い時には二回、おやつに出てた出てたシュークリーム。
あのでかさがスッゲー好きで、しかも一個100円とかだったから、ほんと学校帰りに一個買ってよ。歩きながらかぶりつくと、シューからはみ出して指についたカスタードクリームと生クリームを舐めつつ帰った事も良くあった。母ちゃんにばれて何度も叱られたっけなー。
中学に入ってからは、部活が終わって商店街を歩いてると、すでにシャッターが閉まってるか、ドアにCLOSEの看板が出てるかのどっちかで、母ちゃんが買ってくる時以外は食ってなかった。

…あぁ、アレもう二度と食えねぇのかよ!切ねー。

最後の一口をポンと口に入れると、カスタードクリームの甘い味。いかにも大量生産品の味に、しんみりしちまった。
はぁーと息を吐いて、牛乳パックを手に取った時、部室のドアがガチャリと開いた。

「お、ブン太か。早いのぅ」

ニッと笑う仁王の手には、購買の袋があった。時計を見れば昼休みのスタートから5分ほど過ぎていた。チャイムの音、聞こえなかったな、そんなに俺、ぼーっとしてたのか?

「仁王だって早いじゃん」
「あぁ、さっさとテスト問題終わらせたからの。で、数学はどうじゃった?」
「聞くなよなー!せっかく終わって、せーせーしてたんだぜ」
「そりゃ、すまんのぅ」

ちっとも悪そうに聞こえない口調で、仁王は壁に立てかけてあった折りたたみ椅子を開いて座る。ガサガサと音を立てる茶色の紙袋からは、焼きそばパンと牛肉コロッケパン、おにぎりが二個入ったパック、それと缶コーヒー。あれ?仁王が購買でって珍しくね?いっつも弁当なのによ。

「今日は弁当じゃねーのな」
「あぁ、お袋が珍しく寝坊してな」
「ふーん。…なぁ、仁王、お前の焼きそばパンと俺のクリームパン交換しねえ?」
「…却下。俺は甘いもん好きじゃないきに」
「ちぇー」

チラッと俺の昼飯を見た仁王は、缶コーヒーのプルタブをひねった。ダメと言われて、諦めた俺は、クリームパンを包んでいるラップをペリペリはがして、バクッとかぶりつく。

「そういや、ブン太」
「ん?」

口をもごもごさせながら、仁王を見ると、ニヤリと笑う。…なんだよ、その顔。どうせ、またろくでもないことを言い出すんだろうな。

「お前さん、7組の女子で仲がええ子、おるじゃろ?」

…7組?…あーのことか。仲がいいっつーか、幼馴染みだしなー。で、なんで仁王がのこと聞いてくるんだ?

のことか?」
「へぇ、そんな名前じゃったんか」
「なんだよ。聞いたクセに名前も知らなかったのか」

すると仁王は、クラスも一緒になった事のない女子の名前なんて覚えとらんぜよ。とあっさり言い切る。…は?じゃぁ何で、のこと聞いてきたりするんだ?
怪訝な顔で仁王を見ると、ゆるりと仁王の唇が持ち上がる。

「この間な、俺のクラスの男が告っとったんでな」
「へぇ!やるじゃん、!」

ズズッとストローをすする俺に仁王は、拍子抜けしたような顔で見てくるから、ストローから口を離して仁王を見た。

「なんじゃてっきり、俺はお前さんら付きあってるって思っとった」
「…はぁ?」
「や、、好きなひとがいるって言って断っとったし」

…お前、それはのぞき見じゃねーのっ!ポカンとしたまま仁王を見てると、そうか、違うんかとひとり納得してるし!

「あのなぁ、あいつは俺んちの向かいに住んでんだよ」
「あぁ、幼馴染みちゅーやつじゃな」
「そっ、それに好きとか、そーゆう次元でを今更みれねーよっ」

ったくよー!物心つく前から付き合いで、そんな風に見えねぇよっ。勝手に誤解すんなっ!ブスッとした顔で仁王を睨みつけると、苦笑いして、牛肉コロッケパンを差し出してきた。

「すまんのぅ、お詫びじゃ」
「え!マジでっ!やりぃ、サンキュ!!」

嬉々として牛肉コロッケパンを受け取る俺を仁王は、可笑しそうに見てるけど、そんなの全然気にならず、手元にやってきたパンをくるんでいるラップを剥がしはじめた。
さっきまで食ってたクリームパンとは違うソースの味がきいたコロッケパンをほお張りながら、ふいに、俺は、そーゆう次元でを見たことがないって、言い切れるのか?と小さな疑問がポンと浮かび上がったけど、バッターンってドアの開くけたたましい音と同時に、聞こえてきた赤也の「ああっ!丸井先輩っ、そのフルーツサンド!俺のタマゴサンドと交換してくれないっすか?」ってちょー必死な声に、きれいさっぱり吹っ飛んでしまった。


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