聴こえるのはぱらぱらと雨が傘に当たる音と柳生くんの声だけで。










4.からくりらせん










駅までの道、話題はほとんど仁王のことだったように思う。緊張でよく覚えていないけど、柳生くんと共通の話題と言えば不本意とまではいかないけど仁王のことしかないのだ。

「では、ここで」
「うん」

残念なことに柳生くんとは家が反対方向なので改札を抜けてから別れなければならない。せめて柳生くんの背中を見送ってからホームへの階段を昇ろうとすると、紳士的な柳生くんも見送ってくれようとしていたのかお互い立ち止まっていた。窺うように見上げると再び首を傾げられる。その仕種に胸が跳ねた。

「……あの……有難う、いろいろと」

どうしてもっと気の利いたことが言えないのだろう。後悔するわたしをよそに柳生くんは唇の両端を上げる。

「いいえ。当然のことをしたまでですから」
「……うん。じゃあ、」

当然のこと。暗くなったから送ったまでのこと。分かっていたことなのに気落ちしてしまうのを止められなかった。そうそう都合良くは動いてくれないものだ。仁王が画策してくれても何も変わらない。雨でも明るい気持ちになるようにと張り切って買った朱赤の傘を見下ろしながらホームへの階段に向かおうとすると、ぐい、と腕を引かれた。

さん、」

その行動が信じられなくて目を見開いてしまう。わたしの腕を掴んでいたのは柳生くんだった。

さんのことが、好きです」
「……え?」

何を言われたのか咄嗟に分からなくてただ見つめ返すと、困ったように柳生くんは笑う。

「でも分かってるんです、貴女が仁王くんのことを好きだというのは」
「――――は?」

……誰が、誰を好きですって?
告白に次ぐ驚きのあまり言葉を失っていると、柳生くんは微笑んだまま続けた。

「それでも―――それでも、お伝えしたかったんです……すみません」

頭を下げた柳生くんはわたしの腕を離し踵を返そうとする。わたしは慌ててその腕を掴み返した。初めて触れた固い腕の感触に胸の奥がまた音を立てる。柳生くんは驚いたように、わたしを見ていた。

、さん?」
「違うの、そうじゃなくて、」

見つめ合うことに耐え切れず俯く。爪先を地面に打ち付けて履くせいで擦り切れかけたローファーの爪先を見つめながら、必死に自分の中の言葉を探る。何て言えばいいの。何て伝えたらわたしの気持ちを分かって貰えるの。

広く、浅く、困らないだけの人間関係さえあればいいと思ってた。誰かととことん付き合うのは疲れるし、一人で居たら一人で居たで面倒なことも多いからだ。でも、柳生くんを好きになってからは違った。誰かと深く関わらなくても生きて行ける、と思っていたのが嘘みたいに、傍に居たいと、出来れば隣に居て欲しい、と思ってしまった。

顔を上げると、やはり柳生くんは困惑したようにわたしを見ていた。手を振り払われないことに後押しされて言を紡ぐ。

「わたしの好きな人は……柳生くんなの」
「え」
「だから、あの、う、嬉しい……です」

気持ちは溢れそうなのにそれを言葉に出来なくてもどかしい。口の減らない、と称されたわたしは何処に行った? 柳生くんは一つため息をついて口元に手をやった。思わず体が震えてしまう。

「……すみません」
「……え?」

口元を押さえて発せられた言葉はくぐもって聞こえた。柳生くんは顔を真っ赤にしている。

「何て言ったらいいのか……その、私も嬉しいです」

そう言ってわたしに手を伸ばした。つられたようにわたしも顔が熱くなる。差し伸べられた手に手を重ねると、まるで壊れ物みたいにわたしの手を握った。柳生くんの体温で鼓動が速くなる。全身に鳴り響く。そのせいか、横を通り抜けていく人達が怪訝そうな視線を寄越していたけど気にならなかった。



***



今日も雨が降り続けている。でも昨日と違ってわたしの心は晴れやかだった。
……わたしって結構分かり易かったんだな。

、英和辞典貸して」
「……また? いい加減自分で持ってきたら?」

あいかわらず神出鬼没な仁王はにやりと唇の端を上げ、声のトーンを落とした。

「今朝、柳生から聞いた。おめでとさん。さながら俺は縁結びの神じゃね」
「詐欺師の間違いでしょ…………仁王の思惑通り進んだみたいで面白くないなあ」

そう返しながら辞書を渡すと、仁王はくくく、と小さく咽喉の奥で笑う。

「……踏み外したようで、何よりじゃ」
「踏み外す? 何を?」

意味が分からなくて眉を寄せると、仁王は辞書を軽く掲げ微笑を浮かべただけだった。

「辞書、サンキュな」
「はいはい」
「柳生に返しとくから」
「……なっ……!」

肩を震わせながら仁王は教室を出て行く。その背中を見送りながらため息が出てしまった。
……この先も、からかわれ続けるのかしら。
困ったことになった、と思いながらもついにやけてしまう。周りに見られたくなくて思わず俯いた。一人では知ることの出来なかった感情は喜びだけじゃなくて不安に感じることも多いけど、ましてやこれからどうなるかなんて分からないけど、差し伸べられた手を離したくは無い、と思う。

「―――すみません、さん」
「……柳生くん」

顔を上げると柳生くんが立っていた。目が合った柳生くんは微かに顔を赤らめる。それはわたしの胸の鼓動を自動的に速くして。

「ど、どうしたの?」
「いえ、あの……今日ですね、」

自覚出来るほどぎこちなく口を開くと、柳生くんも同様に返した。

「午後の部活が休みになったんです。ですからその……一緒に帰りませんか?」
「……うん!」

柳生くんは嬉しそうに微笑んだ。
自分では確認出来ないけど、きっと、わたしも。


('07.9.12)


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タイトルは目に付いたクラシックの曲から。響きが気に入ったからで内容とはあまり関係ありません。以下、蛇足ー。

これは三角関係の話ではなく(難しいから無理)、二等辺三角形な話です(Isosceles triangle=二等辺三角形。(タイトルページに)もう書いていたのでした〜)。

章毎のタイトルはかーなーり昔書いたオリジナルの話から。全然内容違うけどタイトルが気に入っていたので(あのノート何処に行ったんだろう……)。そして4話目のタイトル、「からくり」には、計略や企み、という意味もあります。

しかし、柳生夢なのに、仁王出張り過ぎっていうね……仁王との友情夢でもあるのです(<こじつけた!)。近い内にリベンジしたいところ。
あと、ブン太は脇役(って書くのいやなんだけど)の方が書き易いです。かなりの確率でブン太(あと柳)を登場させてしまいます。ていうか、書いてると普通に降臨されるのですよ……いや好きだけど。

そうそう、樹脂云々〜のくだりは、とある小説から。かなりのホラー(だと思う)ですが好きな話です。