―――実はまだ取ってあるの。
―――え?
―――前、飴を貰ったでしょう? ほら、仁王の格好をしてた時。
―――ああ……差し上げましたね。それを?
―――そう……何か、勿体無くて。
そう言ってはにかんだ彼女を、どうして信じられなかったんだろう。彼女は精一杯伝えようとしてくれていたのに。
1.棚雲
「―――え?」
さんはさっと笑顔を消し、無理しなくていいんですよ、と告げた私を見上げた。
「どういう、意味?」
「……私と居る時より、仁王くんと居る方が楽しそうに見えます」
「そんなこと、」
「私とではなく、仁王くんと付き合った方が宜しいんじゃないんですか」
澱のように溜まっていたそれを吐き出しすっきりしたと思ったのは一瞬だった。さんは俯いてしまう。次に顔を上げた時はシニカルな笑みを浮かべていた。そうして口を開く。
「……わたしが嫌になったのならそう言えばいいじゃない」
「そうではありません!」
つい声を荒げても彼女の唇は弧を描いたまま。
「ただ……貴女の会話には仁王くんの話題が多過ぎる。分かっています、仁王くんと気が合うことは。ならば私とでは無く、仁王くんと付き合った方が良いのではないかと」
「……わたしは、仁王じゃなく、柳生くんを好きなんだよ?」
収まりかけた感情が、爪で引っ掻かれたように反応する。燻っていただけのそれは今、勢い良く燃え上がっているかのようだった。
「……私は”くん”付けで、仁王くんのことは呼び捨てなんですね」
「それは!」
言い募ろうとしたさんは、私の顔を見て意気を失う。
「……もういい。分かった」
ふい、と視線を逸らしたさんは一つため息をついた。
「帰るね」
その背中を見た時、後悔で胸が締め付けられたけど、自分は間違っていない、と思った……思いたかった。
***
きっかけは些細なことだ。部室で着替えていると切原くんが飛び込んで来た。真田くんは眉間に皺を寄せる。
「遅いぞ、赤也!」
「すんませんっ、何かSHRが長引いてっ」
「……まあいい。早く着替えろ」
切原くんは頷きロッカーを開けた。そして思い出したように私の方を見て笑う。
「そういや柳生センパイ、この前カノジョと歩いてたっスね!」
「え……はい」
妙に気恥ずかしくなって、誤魔化すように眼鏡を押し上げると切原くんは無邪気な笑みを浮かべたまま続けた。
「でも意外でした」
「……え?」
「あのヒト、仁王センパイと付き合ってるのかと思ってたんで」
ちくり、と針で刺されたような気がした。
「あー、確かにって仁王と仲良いよな」
丸井くんがロッカーの扉を音を立てて閉める。仁王くんは後ろ髪を結び直しながら鼻を鳴らした。
「気が合う、てだけじゃ。そういう女友達くらいお前らだっておるじゃろ」
「まあなー」
丸井くんは呑気に返す。私はそれに合わせて笑いながら、心が冷えていくのを止められなかった。
胸の奥に昏い感情が広がっていく。それは、以前から私の胸に棲みついていた。その気配に気付かないように、外に出さないようにしていたのに、餌を得て、むくりと鎌首をもたげ、ほくそ笑んでいる。
そう―――嫉妬と言う名の化け物が。
その日の帰り、私を待っていてくれたさんに化け物は牙を剥いたのだ。
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('07.10.19)