2.雲間からの光
「柳生が学食とか珍しかね」
「……仁王くん」
トレイを持った仁王くんは私の周りの席が空いているのを見て不思議そうな顔をした。私の前に腰を下ろし割り箸を割る。
「と食わんと?」
「……ええ」
ため息と共に吐き出すと、仁王くんは揶揄うように笑った。
「何じゃ、喧嘩でもしたんか」
「喧嘩、と言いますか……」
まさか貴方のせいでさんを詰ったなど言える筈も無い。言い澱んでいると、丸井くんとジャッカルくんの姿が見えた。二人も私達に気付いたようで、笑って近付いてくる。
「よー、何食ってんだ?」
「日替わり。今日は焼肉じゃよ、丸井」
「あー、俺もそうすりゃ良かった」
丸井くんのトレイの上にはオムライスが載っていた。丸井くんは私の隣に腰を下ろすと猛然と食べ始める。ジャッカルくんはため息をついてお弁当の包みを開いた。
「どうした、柳生?」
「え?」
仁王くんの隣、丸井くんの向かいに座ったジャッカルくんは心配そうに私を見る。
「全然食ってねえじゃねえか。具合でも悪いのか?」
「あ、ああ……いえ、」
「本当だ、勿体ねえの。食ってやろっか?」
丸井くんは匙で私を指しながらにやりと笑った。
「行儀の悪かね」
「仁王には言われたくねーよ。ん……プリン?」
トレイの上のプリンに目を留めた丸井くんは不思議そうにそれを見つめる。
「何か柳生とプリンって意外な組み合わせなんだけど」
「定食に付いてたやつだろ?」
「これは、」
ジャッカルくんは箸を止め、答えを待っていた。今はとても口に出しにくい名前だけど、続ける。
「……さんの、好きなものなんです」
それはさんの好物で、見た瞬間、つい買ってしまったものだった。
「へえ。、プリンとか好きと?」
仁王くんは学食のプラスティック製の湯呑みに口を着けながら呟く。
「……ご存知無かったんですか?」
仁王くんはお茶を一口飲んで頷いた。
「ご存知無いのう。そんなん、知る訳無いじゃろ」
「そうですか……」
「……ほーう」
含みのある返事に仁王くんを見ると、トレイを持って立ち上がる。
「何を誤解しとるんか知らんけど、俺はの誕生日も知らんよ」
「は、」
「喧嘩したとやったら早よ謝りんしゃい。折れたが勝ちの時もあるけぇね」
じゃあな、と手を振って、仁王くんは行ってしまった。
***
放課後、部活に行こうと教室から廊下に出ると、丁度廊下を歩いて来たさんと目が合った。彼女は立ち止まり、顔を強張らせる。きゅっと唇を引き結び、目を伏せたさんは、私の横をすり抜けて行った。
「……なーに、やっとるんじゃ」
後ろからかけられた声に肩を震わせる。振り返ると、仁王くんが立っていた。私の顔を見た仁王くんは眉を寄せる。
「酷い顔しとるのう」
「……そうですか」
仁王くんはがしがしと頭を掻きため息をついた。
「……柳生、ちょっと屋上まで付き合え」
「しかし部活に行きませんと、」
「そがん顔で部活出たって何もなりゃせんじゃろが。いいから来い」
*
引き摺られるように連れて来られた屋上で、促されるままさんとのやりとりを話すと仁王くんは心底呆れたように言った。
「お前……阿呆じゃろ」
返す言葉も無い。そんな私の様子を一瞥した仁王くんは、後ろに結んだ髪に手をやった。
「……と喋っとると話題はお前のことばっかりじゃ。それこそ、耳にたこが出来るくらいに」
「え……」
「人はその場に居ない人の話をする、てな。後は自分で考えんしゃい。俺よりお前の方が頭はいいんじゃから」
「……そんなことありません」
成績が良い、イコール、頭が良いではないことくらい、知っている。
「……私は、大馬鹿者です」
仁王くんは珍しく困ったような顔をした。
「何てことを言ってしまったんでしょう……」
あの時嬉しそうに、飴をまだ取っているの、と教えてくれたさんをどうして信じていられなかったんだろう。信じていても、信じたいと思っても、ふとした隙に忍び寄る嫉妬や不安に、何時の間にか心を侵食されていた。私が彼女を好きな気持ちに何ら変わりは無いのに、一緒に居れば居るほどそれは私を蝕んでいたのだ。
仁王くんはため息をつく。
「言うてしまったもんは仕方無かろう」
「それはそうですが……」
「まー、分からんでも無いけどな」
顔を上げると仁王くんは唇の端を上げた。
「好きやからこそ、疑うてしまうんじゃろうし」
そして、くくく、と面白そうに笑う。
「……って、疑われた俺に言われたくは無かろうけど」
「……すみません」
「謝る相手を間違えとうよ」
「……ですね」
さんに、謝らなければ。
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('07.10.23)