9/水脈
草を踏む音に顔を上げるとが歩いてくるところだった。はくすりと笑う。
「気に入ったの?」
草いきれや風さえ気にならなければ陽射しも強くない裏庭は、人もあまり来なくて居心地が良かった。勿論、それだけでは無いのだが。
「……うるさくねえからな」
俺の返事にそうだねー、とは頷いた。
「結構穴場でしょ。一人になりたい時とかいいよ」
「……そりゃ悪かったな」
「え?」
何度か瞬きを繰り返したは不思議そうに俺を見つめる。それなりに愛らしい顔立ちをしているが取り立てて目立つ容姿ではない。おまけに泳ぐことと眠ることしか考えていないのに、何故。何故、俺は。
「ここに来るってことは、一人になりたいんだろ?」
「……ああ! いや、今はそうでも無いけど」
は可笑しそうに笑った。
「……また昼寝か」
「うん。少しだけね」
「そうか」
立ち上がりを見下ろすと、は小首を傾げる。
「もう帰っちゃうの?」
「……居て欲しいのかよ」
馬鹿らしい、そう思いながら返したのには頷いた。咄嗟に表情を取り繕えないでいると、は微笑む。
「でも跡部くんも忙しいだろうし。またね」
「……どうだかな」
憎まれ口を叩いても、は微笑んだままだった。
***
「跡部ごめーん」
慈郎の遅刻は日常茶飯事なのでいい加減糾弾する気にもならない。ため息をつきながら告げる。
「……また昼寝してやがったのか」
そう言うと慈郎は思い出したように不貞腐れた顔をした。
「がさー、膝枕してくんねえの」
「……は?」
ラケットを回しながら慈郎は続ける。
「膝は駄目、ってにこにこ笑って言い張るんだよ」
俺が黙っていると大仰に慈郎はため息をつく。膝を貸せと言った俺に、軽く頷いた。そのあまりの躊躇の無さに拍子抜けしたのはつい先日のことなのに。
「跡部?」
慈郎は俺を不思議そうに見上げる。
「……とりあえず、お前は走って来い」
「えー」
「えー、じゃねぇ。いい加減、遅刻して来てんじゃねえよ」
慈郎はぶつぶつと文句を言いながらもベンチにラケットを置き、ランニングに向かった。
――膝は駄目、ってにこにこ笑って言い張るんだよ。
慈郎と入れ替わりのようにコートを出てきた忍足はタオルを手にしながら怪訝そうに俺を見つめる。
「何や跡部、暑いんか」
「……んなことねえよ」
そんなことをしても熱が消える訳では無いと分かっていながら、俺は頬をこすった。
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('07.5.22)