8/水調
裏庭の、がこの前座っていたベンチに座っていた。微かな葉擦れの音しか聞こえないそこで目を閉じていると、さく、と草を踏む音がする。目を開け音の方向に顔を向けるとが立っていた。目が合うと笑顔を浮かべ近寄ってくる。
「寝てるのかと思った」
「お前じゃあるまいし」
隣、いい? と言うので頷くとスカートのプリーツを気にしながらは腰掛ける。風が草を揺らす音だけが聞こえる中、二人とも何も喋らなかったが、気不味さは感じなかった。脇に置いていた部活のファイルを目に留めたは首を傾げる。
「何か勉強してたの?」
「違う。部活のだ」
俺の返答には僅かに考え込むような素振りを見せた。
「……もしかして疲れてる?」
「あぁ? 何処がだよ」
「うーん、何となくそう見えたから」
「……んなこと無ぇよ」
再び落ちる沈黙。それはさっきより少し居心地が悪くなっていた。らしくない、と思いながら、形を変え受け止めはするけど、受け入れることは無い水のようなこの女にどう接していいのか分からないのも事実だ。
「あのね、女の人はいろんなもので癒されるんだって。植物とか食べ物とか、そういうのからでも力を貰えるらしいの」
「はぁ?」
唐突に呟かれた言葉に間抜けな返答しか出来ない。おっとりとした口調では続けた。
「でも男の人は女の人からしか癒されないんだって」
「だから何だ」
「だから、はい」
ぽん、と自分の肩を叩いて見せは笑う。
「この前肩を貸してくれたから、今日は私が貸すよ」
「くだらねぇ」
「まあそう言わずに」
にこにこと笑うを見ていると不意に底意地の悪い気分になった。
「……慈郎にも、そう言ってんのか」
はきょとんとした顔をする。
「ジローくん? どうして?」
「……何でもねぇ。忘れろ」
本当に、らしくない。認めたくは無いが、感じる苛立ちに名前を与えることが容易に出来るのも不本意だった。出そうになるため息を飲み込む。
「……肩じゃなくて膝貸せ」
「いいよ」
動揺することも気負うことも無い返答に多少落胆しながらの膝、というか太腿に頭を預けた。スカート越しの柔らかい感触に目を閉じると周りを囲む草の匂いだけではなく、甘いの香りが鼻先に漂う。そのせいか、目を閉じてはいても眠りの精は砂を撒かない。
「そういえばさー」
「……何だよ」
あ、起きてた、そう言った声は笑いを含んでいた。
「この前、有難う」
「……何のことだ?」
上から降る声に返すと、うーん、と唸った後には告げる。
「分からないなら、いいんだ」
「……そうかよ」
この前、というとプールでの会話のことだろうか。大したことを言った覚えは無いが、礼を言われたということは何かのためになったのだろうか。もしそうならいい、と思った。
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('07.5.7)