ただ、きらきら降る夥しい光の粒に、憧れているだけなのかもしれない。
光 の 粒
「―――あ、来た来た」
の声に顔も上げられなかった。ぐるぐる回っている視界を必死でやり過ごそうと目を閉じても目が回る。慣れた発熱時の症状だ。
「待たせたな」
「謙也……」
ゆっくりと顔を上げ目を開けると、そこには、従兄弟の忍足謙也が立っていた。
小さい頃から体があまり強くない。何か持病がある訳ではないのだが、ちょっと根を詰めたり無理をすると具合が悪くなる。強くなるように運動した方がいい、とか言われたけれど、そうしようにもまず体がついてきてくれなかった。中三になった今でもそれは変わらず、私の体は簡単に熱を出す。
「熱は」
部活に行こうとしていたのだろう、謙也は肩にラケットバッグを担いだまま問う。申し訳無い気持ちで一杯になった。
「少し……38度位、て思う」
「それ少しちゃうやろ……タクシー要るか? ああ、親父には連絡しといたから」
「タクシーは要らん……てゆか、お世話になります……」
母方の従兄弟の謙也の父親、私には伯父にあたるその人は開業医で、私のかかりつけのお医者様だ。のろのろとバッグに手を伸ばし立ち上がろうとすると、謙也が手を貸してくれた。
「おら、バッグ寄越せ」
「ええよ、これ位」
「んなこと言うて、しんどいんやろ。無理すんな」
そう言って、私の手からバッグを奪う。熱のせいで感覚も鈍くなっているけれど、胸の奥はつきりと痛んだ。
「謙也……」
「ん?」
首を傾げた拍子に、謙也の髪が微かに揺れる。何だか眩しくて目を細めた。
「……やっぱり、何でもない」
「何や、歩けそうにないか?」
ない、と言ったら今直ぐにでも背負われそうな口調に慌てて首を振る。
「ううん、いける。ほんま大丈夫」
そうか、と背を向けた謙也について行きながら、眩しいと思ったのは謙也が髪を脱色しているせいだと思った。
◇
伯父さんに診て貰って診察室を出ると、待合室に謙也が待っていた。
「おっしゃ、じゃあ行こか」
「……何処に」
「お前の家に決まってるやろ。送ってったる」
屈託の無い笑顔に、収まりかけた熱が上がりそうになる。緩慢に首を横に振ったのに頭がくらくらした。
「ええよ、一人で大丈夫。謙也は部活行きや」
「学校戻る通り道やし、今更遠慮すんなや」
「うう……」
ああもう体が重い、頭が痛い。考えようにも芯がぶれてまとまらないから、ただ頷いた。先を歩く謙也の足取りはゆっくりで、合わせてくれているのだと直ぐに分かる。普段の謙也はきびきび歩くし、自称か他称かスピードスターとか言われているし、たらたらしてんの見ると苛々すんねん、と公言して憚らないのだから。早く横になりたかった。少し眠れば楽になって、きっと頭を働かせることが出来る。ぐらぐら揺れる思考の中、それでも一つだけ、はっきりしていることがある。このままじゃ駄目だってこと。
◇
額に当たるひんやりとした感触に目を開けた。
「すまん、起こしてしもたか。堪忍な」
「今、何時……」
「8時過ぎ」
「どうりで暗い筈やわ……」
カーテンの引かれていない窓の外は真っ暗だ。謙也は額に続き頬にも触れる。冷たい手のひらと硬い指先に、再び目を閉じた。速くなる鼓動から目を逸らすように。
「まだ熱いな……具合は」
「うん。だいぶええよ」
謙也に送って貰ってすぐ横になっていたせいか、体は随分楽になっていた。
「そうか」
「……謙也は、」
「ん?」
目を開けると謙也は微かに首を傾げる。その手は私の頬に触れたままだ。
「……何で、ここにおんの」
「ご挨拶やな。気になって見に来たんやないか」
「……ありがと」
「おう」
ようやく手を離した謙也は部屋の灯りを点けカーテンを引く。そして机の椅子を引き摺ってきてベッドに横になっている私の側に腰掛けた。
「何や、夜更かしでもしたんか」
「……してへんよ」
「そんならええけど。あんま無理すんなや」
「気ぃつけます……」
謙也は、頬に残る感触に体温に、私がどきどきしていることに気付きもしない。多分弟の翔太くんにするのと同じ感覚なんだろう。謙也は、お互い年頃であるというのに躊躇無く私に触れる。体育祭のフォークダンスの時は、女子と手を繋ぐのをしきりに照れていたくせに。そう思い出してむっとしてしまった。それが伝わったのか、謙也は怪訝そうな顔をする。
「―――何や?」
「何でも無い」
「や、今眉間に皺寄せたやろ」
「いちいち表情読まんでええ」
「お前が分かり易いのがいかん」
謙也は笑って言った。
……ああ、ほんま、
もう勘弁して欲しい。私の中は謙也への想いで一杯だと言うのに、注ぎ足すように謙也は笑うから。
◇
「先輩は、ずるいです」
そう言った彼女は今にも泣きそうな顔をしているのに瞳だけは強く私を見据えている。ごみ捨てに行った帰り道のことだ。空になったごみ箱を持って教室までの道をうつむいて歩いていたらその子が現れた。先輩、と名前を呼ばれ顔を上げるとさっきの言葉を口にしたのだ。彼女に見覚えは無い。先輩、と呼びかけたことと上履きの色から二年だろうとは分かった。だが、部活に入ってもいないし委員会活動も殆どしてない私には後輩など居ない。
「……え?」
「先輩は、体の弱さのせいにして謙也先輩を振り回してます」
雷に打たれたよう、とはこのことかもしれない。手から滑り落ちたごみ箱が音を立てた。彼女はそれに頓着せず続ける。
「もう謙也先輩を解放してください。先輩が居るから、謙也先輩は、」
「―――?」
声の方にゆっくりだが顔を向けた。
「あ、すまん。邪魔してもうたか?」
「っ、失礼します!」
彼女は一礼して去っていく。声の主、白石くんはごみ箱を拾ってくれた。左手に巻かれた包帯の白が目に眩しい。謙也の所属するテニス部の部長である彼とは、謙也を通して知り合った。私のせいで、謙也が部活に遅刻することも白石くんは知っている。ほい、と彼はごみ箱を差し出す。
「あ、有難う……」
「……何か、言われたんか」
「……え」
「随分青い顔しとったから気になってな」
ごみ箱に伸ばそうとした手が震えた。
「……何も、言われてへんよ。そんなに顔色良ぅない?」
「でも、」
「―――お願い、謙也には言わんとって」
ごみ箱を受け取り白石くんを見上げると、困ったように眉を寄せる。
「お願いします」
そう言って頭を下げた。しばしの沈黙の後、ため息が降ってくる。
「……分かった。分かったから、頭上げてくれへん? 謙也に怒られてまうわ」
白石くんはおどけたように言った。顔を上げると微かに笑う。
「有難う……」
「礼を言われるようなことはしてへんで。俺は何も見てへん」
何とか唇を引き上げ笑みの形を作る。
「……じゃ、」
「おう」
白石くんに背を向けると、張り詰めていた分、ぐらぐらと視界が揺れた。でもここで倒れる訳にいかないと背筋を伸ばす。
……言われんでも分かっとる。
他の誰より自分が分かっていた。私は謙也の足を引っ張ってる。邪魔をしてる。難癖や、とか、何で他人に言われなあかんの、と思うよりも、やっぱりな、という自己嫌悪の方が強かった。
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('11.2.23)
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