部活終了後、謙也と光の暴走を蔵ノ介に改めて報告しながらは日誌を書いていた。部室にはもう蔵ノ介としか残っていない。

「謙也は挙動不審やったし、何なん!?」
「謙也は頭に血ぃ昇んのも早いからなあ」
「早過ぎや! もー、みんな蔵ノ介おらへんかったら余計に言うこと聞かへんのやから!」

まあまあ、と蔵ノ介はを宥めながら、ふと思いついて問う。

「ところで財前は」
「え、光が生意気なんはいつものことやろ?」

は真顔で答えた。蔵ノ介は、そうか、と嘆息して手元に目を落とす。

「それにしても……」

は言いさして小さく笑った。

「今日も可愛かったなあー……」

蔵ノ介はその発言に顔を上げる。遅れてきた蔵ノ介を迎えたのは謙也と光に叫んでいただけでなく、いつも通りゴンタクレていた金太郎もだった。が伝えた練習も無視して暴れていたそうで、これまたいつも通り、蔵ノ介の左手の出番と相成ったのだった。

「……めっちゃエエ顔で笑てたくせに、よう言うわ」

はさっきまできゃんきゃんと騒いでいたのが嘘のように、肩を震わせ浮かんでくる笑みを噛み殺している。

「そりゃ笑うわー。あんなぷるぷるして涙目で見上げられたんやで?」

ついに、うふふ、とは笑い声を漏らした。

「たまらんっちゅー話や」

嬉しそうに日誌を埋めていくに蔵ノ介はため息をつく。突然何かに気付いたように顔を上げたは蔵ノ介を見つめた。

「あっ、金ちゃんには言わんとってな? 嫌われてまうー」
「言わへんけど……嫌われるのは嫌なんや?」

こくりと頷いたはシャープペンシルをくるりと回す。

「私、金ちゃん好きやもん」
「……へえ?」

明日の予定を考えシャープペンシルを走らせていた蔵ノ介は手を止めた。

「その割に助けたりはせえへんのやな?」
「だって怯えるのんが可愛いんやもん」
「好きなんに?」

は口を尖らせる。

「せやからぁ、怯える姿がな。でも普通に金ちゃんのことは好きやで? 好きな子ぉから嫌われたないやろ」

さりげなく非道なことを述べたを見つめ、蔵ノ介は零した。

「……俺は?」
「え?」

も手を止め顔を上げる。そこには真剣にを見つめる蔵ノ介が居て、は何度か瞬きを繰り返した。

「俺から嫌われるのは、ええんか?」
「えっ、蔵ノ介、私のこと嫌いなん!?」
「……いや、逆やけど」

はー、とは安堵したように大きく息をつく。

「良かったあ。私、蔵ノ介のことも好きやから嫌われたないよ?」
「……へぇ、そうなんや」
「そうそう……ん、逆?」

は、先程の蔵ノ介の発言を反芻し、きゅ、と眉を寄せる。

「……逆て何?」
「……嫌いの逆は何や?」

向かいに座っていた蔵ノ介は立ち上がり、の傍らに歩み寄ってくる。その瞳は逃がすことを許さないようにを見据えていて、見返すだけで精一杯だった。

「……いらき、」
「おもろないなあ。こけし貰われへんで」
「だ、だって、」

焦ったように言い募ろうとしたの頬に蔵ノ介は左手を伸ばす。一瞬震えたは縫い留められたように動けなくなった。

「嫌いの逆は、好き、や、

ゆっくりと上がる蔵ノ介の唇の端から、は目を逸らせない。

「わ、私も蔵ノ介のこと、好きやで?」
「ちゃうわ」

を見つめる蔵ノ介の視線は強く、はもう、口すらも開けなかった。微かに笑って蔵ノ介は告げる。

「お前が好きや、。俺と付き合うて」

いつもならは、またまたー、と笑って答えられた。でもを射抜きそうな視線に、やさしく頬を撫でる包帯の巻かれた左手の感触に、それは叶わない。

「……何か言うてや」
「だ、って、」

掠れた声がの口から落ちた。は細く息を吸って続ける。

「そんなん、考えたことも無くて、」
「じゃあ考えて」
「……え、」
「俺のこと考えて、」

俺のことだけ、と蔵ノ介は左手での両目を覆った。
……こんな蔵ノ介は知らない。
は暗くなった視界に鼓動が速くなっていくのを感じた。呆れたようにを見て窘める、軽口を叩いてみんなと興じながらもテニスに対しては真剣そのもの、それが蔵ノ介だった筈だと。なのに今、艶を含んだ雰囲気を纏い、を追い詰める。蔵ノ介は咽喉の奥で笑った。

「……はは、めっちゃ困っとる」

その言葉にかちんと来たは、目を覆っていた蔵ノ介の手を払う。

「あ、当たり前や! 蔵ノ介と違てこんなこと慣れてへんのやか、らっ?!」
「……もっと困ればええねん」

耳許で囁かれた言葉には体を強張らせた。の体は蔵ノ介の腕の中にあって、はますます混乱する。

「困って、俺のことだけ考えたらええ」

蔵ノ介の声音は優しいのには何だか泣きたくなった。

「な、何でこんなことすんねん……」

は、湧いてきそうな涙を奥歯を噛み締めて堪える。

「私、蔵ノ介にこんな意地悪されるようなこと何かした?」
「……意地が悪いのは自分やろ」
「え?」

体を離した蔵ノ介はの両肩を掴み、顔を覗き込んだ。

「俺の目の前で金太郎といちゃいちゃしおって……焦げるか思たわ」
「……焼き餅?」
「せや」

素直に返されは困惑する。

「せやから、俺だけ見て」

目を合わせていることに耐えられずは視線を落とした。

「……蔵ノ介が、私を好きな理由が分からへん」

蔵ノ介が首を傾げると、は視線を落としたまま続ける。

「……みんな言うやろ、私の趣味はおかしいって。それを恥じたり、間違ってるとも思わへんけど……、そんな女を好きになるなんて信じられへん」

ぼそぼそと告げられた言葉に蔵ノ介は堪えきれず、ふは、と気の抜けたような笑い声を立てた。

「なっ、何で笑うん?!」
「いや……自覚あったんや、思て」
「! やっぱ揶揄うて、」
「揶揄うてへん」

蔵ノ介の瞳がを捕らえる。

「マネージャー言うたら、一見華やかそうやけど、実際は体力勝負の仕事やろ? おまけに地味な仕事ばっかりやのに、不平不満も言わんとは俺らのサポートしてくれる。レギュラーにもレギュラーじゃない部員に対しても分け隔てなく接するし、贔屓したりも無い。せやから俺らは、俺は、テニスのことだけ考えてられるんや」

臆面も無く褒められ、は頬を紅潮させた。

が俺らを見てくれてたように、俺はずっとを見てたから知っとる。が、どれだけ俺らのこと考えて頑張ってくれてるか。……まあ、おかしい、て言うたらアレやけど、それも含めてやろ?」

がためらいながら頷くと蔵ノ介は笑みを深くする。そして続けた。

「そんなを俺は傍で見てたい。傍に居りたい。傍に、居って欲しい」

は答えあぐね、視線を彷徨わせる。何度か口を開きかけ、閉じるを繰り返していて気付いた。両肩を掴んだ蔵ノ介の手はかすかにだが震えている。

「……あかん?」

は首を横に振って応えた。

「ほんまに?!」
「で、でも、」

ようやくは声を絞り出す。

「私、変わられへんよ? 金ちゃんが怯えんの見たら喜んでまうし、その、付き合うとかよう分からへんし、」
「構へん」
「え、あっ」

満面の笑みを浮かべた蔵ノ介はを抱き締めた。

「それも含めて、言うたやろ。纏めて受け止めたるから」

その言葉を聞いた瞬間、は両胸の間を押さえたくなった。苦しいとも痛いとも違う衝撃は全身に甘く拡がっていく。

「うん……お願いします」

それは金太郎を見る時の気持ちに似ているような気がした。でも喜びばかりでなく戸惑いも内包していてひどく落ち着かない。けれど、は蔵ノ介の腕を振り解こうとは思わなかった。





「……金ちゃん?」

それが合図かのように、はくるりと蔵ノ介と金太郎に背を向けた。やはりその背中は微かに震えている。

「だ、だって白石、」
「ゴンタクレたらあかん、て言うとったよな?」

半べそをかきながら言い返す金太郎に白石はにこりと笑って見せた。金太郎はひっ、と竦み上がる。これまでの経験上、蔵ノ介の怒った顔よりも笑顔の方が恐ろしいと知っていた。

「あ、あかん、話せば分かるて、」
「金太郎が話しても分からへんから……こうせざるをええへんのや!」
「っ、嫌やあああっ!!」

包帯を解きかけた蔵ノ介に背を見せ、金太郎は脱兎のごとく部室を飛び出して行った。

「……相変わらずねえ、ちゃん」

金色小春はため息をつく。振り向いたは呼吸困難になりかけながら頷いた。

「だって小春……っ、あんな可愛いんやで?!」

蔵ノ介曰くの、“めっちゃエエ顔”では答える。

「何処までドエスなんスか……」
「骨の髄までやろ」

光の呟きに謙也が返す、いつも通りの部室の光景だった。ただ。

「蔵リンと付き合いだしても変わらへんのねえ」
「っ、そ、それは関係あらへんやろ!」

小春の言葉には頬を赤らめる。いつもと違う反応に、おおっ、と声が上がった。

「何やさすがに彼氏出来ると違うな!」
も女やったっちゅーこっちゃ」
「ドエスっスけどね」
「恋をすると女の子は変わるも・の・よ!」

ユウジ、謙也、光、小春と、順番には睨みつけ喚いた。

「うるさいうるさいうるさい! くだらんこと言うてる間に早よ部活始めんかい!」

おー怖、と笑いながらと蔵ノ介を残しみんなは部室を出て行った。肩で息をしているの頭に蔵ノ介の左手が乗る。は険のある目付きで蔵ノ介を見上げた。その顔はまだ赤い。

「……なに」
「いや別に? の言う通りや。早よ始めんで」

頭に触れる手は優しく、はみぞおちからお腹の辺りがそわそわとする感覚を味わった。

「……ドリンクの準備まだやから先行ってて」
「了解」

おまけのようにの頭を撫でて蔵ノ介も出て行く。部室の外に出た蔵ノ介を待っていたのは謙也だった。

「……なー、白石ー」
「何や?」

蔵ノ介は先程巻き直した包帯に触れながら返す。

「話蒸し返すようで悪いんやけど、『アレ』はええんか? お前かてドン引きする言うてたやろ」

きっちり巻けているのを確認した蔵ノ介は顔を上げた。

「まあそれも含めてやから、っちゅーこっちゃ」

蔵ノ介は甘やかな微笑を浮かべて告げる。謙也は毒気を抜かれかけたが、はっとしたように叫ぶ。

「……ノロケか!? ノロケやな?!」
「さー始めんでー」

騒ぐ謙也をさらっと無視して蔵ノ介はみんなに呼び掛けた。


('11.10.5)


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タイトルは「恋は思案の外(ほか)」から。しあん、って響きが好きです。夢では初の三人称は、謙也とヒロインだけ、謙也と白石だけ、の会話が必要で書いたものです。が、やっぱり難しいですね三人称……。
金ちゃんが怯えるのを見て喜ぶヒロインを首を捻りつつ好きな白石、というのを思い付いて書き始めた話でした。うっかり三人称になったり(一番の想定外……)、くっつくまで冗長になったりとなりましたが、わやわや騒ぐ四天メンバを書けて満足です。