カーテンから漏れる朝日で目を覚ました。時間を確認しようと寝返りを打とうとしたら、仁王の腕がそれを阻む。躰を交わすこと無く仁王と朝を迎えるのは初めてだった。
「仁王……?」
ひそやかな寝息が聞こえるばかりで返事は無い。何とか腕を伸ばして解かれた髪に触れてみた。
……ひかりの、かたまり、だ。
眠りこける仁王は、きらきらと眩しくて、信じられない思いでそれを見守っていると、一瞬眉間に皺を寄せた後、目を開けた。
「……起きとったんか」
その顔が何だか幼く見えて思わず微笑んでしまう。そのまま頷くと、仁王は何度か目を瞬かせた。
「……具合は?」
何のことを言われたのかよく分からなくて首を傾げると仁王は、く、と咽喉の奥で笑った。
「腹」
「……あ、うん、大丈夫」
腕を解こうとしても仁王はそれを許してくれない。困って見上げると更に抱え込まれた。
「ちょ……仁王、離して」
「雅治」
「……は?」
「呼ばんと、離してやらん」
寝惚けているのか呂律が怪しい。その腕を掴み、深呼吸して口を開く。
「……雅治」
「……そう簡単に言われても面白うないのう」
「何それ」
私を解放して仁王は起き上がった。
「腹減ったな」
「……昨日買い物してないから何も無い、ごめん」
「何でが謝るんよ。早よ、支度しんしゃい」
「え?」
さっさと身支度を整えていく仁王を見ると、微かに笑う。
「メシ食いに行くぞ」
◆ ◆ ◆
鍵をかけて外に出ると、仁王は私の手を取った。
「……初めてだ」
「何が?」
落ち着かなくてしきりに繋いだ手に視線を落としていると仁王が小さく笑う。
「夜じゃない時に、二人で外を歩くの」
「……ああ」
昨日の夜から初めてのことばかり。天を仰ぎ、陽射しに目を細めた。目蓋の裏に光の残像が暗く残る。繋いだ手に力を籠めた。
「……緊張する」
こんなことくらいで、と思ったけど口にすると、仁王は少し遅れて、俺も、と呟く。その時、先のことは分からないけど、今この瞬間は本物だと思った。右手の温もりも、私に落とされる眼差も、胸の奥で震える感情も、何もかも。仁王の横顔を見上げると、陽に透けた仁王の銀色の髪は光を孕んで金色に見えた。あの時、屋上に続く階段で出会った時のように。
('08.4.2)
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江國香織さんの編集した「活発な暗闇」(何て素敵なタイトル!)で知ったこの詩が全てです。タイトルもここから。
「わがギザギザの河床ゆえに
ほほえみは野川の流れのブリリアントに。」
というところが特に好きです。
以下、蛇足。
各話のタイトルは「○と○○」で。使った単語は深い意味があったり無かったり。二話目なんて厳密に言えば屋上じゃないですしね!
1.雨と合鍵 ―Night falls(黄昏)
上の詩を読んだ後、過去に何かあって、また会うようになった、というのが浮かびました。合鍵云々から話が広がったような……?(記憶が曖昧)
2.血と屋上 ―Cover of darkness(夜陰)
その過去がこれ。そういう場面はともかく、出会いの場面が書きたかった。ちなみに私の制服はジャンパースカートではありませんでした。友達のがそうで、サイドにファスナーがあったなあというところから。
3.塩と塩味 ―The dead of the night(真夜中、もしくは深夜)
仁王が逡巡した末自覚する話。やはり狂言回しでブン太様降臨です。一話目、二話目とラストしか決まってなかったので三話目、四話目は何度も書いては削り、また書き足して、という作業を繰り返しました。
4.光と銀糸 ―Dawn(夜明),Broad daylight of the gold(金の真昼)
最愛の漫画家さんの、いちばん好きな漫画の中のとあるエピソードが頭にありました。腕枕ってあまり好きじゃないのですが(きついから)。
「ただれた仁王の話」というコードネームで呼んでいたのですが(お友達との間で)、意外とそうなりませんでした(よね?)。話が持つ重力には逆らわないことにしているのでこうなったんですが。大体ただれたってどんなのだよ……? 自分で思いついたことなんですが、自分でもよく分からないという。どっちかというとヒロインの方がただれてます。思考が。
全四話ですが、話の長さから言ったら跡部の「睡れる人魚」くらいあります。なので推敲してると飽きてきちゃって。一話を区切って更新しようにもうまいこと区切れなかったんですよね……。
ラストだけは決まっていたのですが(勿論、上記の詩から。初めにこの詩ありき、でしたので)、途中は悩みっぱなしでした。何で仁王はヒロインを気にかけるようになったのか、ヒロインが彼女と別れると言った時焦ったのは何故か、全然思い浮かばなくて(実は)。しかし、仁王がヒロインの笑顔を見た瞬間と、ヒロインが「期待なんてしたくなかった」と思うところが浮かび、書き終えることが出来ました。焦った。