きれいな感情・2
あれから、とはよく話すようになった。
「仁王くんにバレて、ちょっとほっとしたの」
放課後の教室は昼間の喧騒が嘘のように静かだ。息遣いさえも伝わりそうな静寂の中、の言葉が響いて聞こえた。
「何で」
「誰にも、言えなかったから」
ああ、と頷いて見せると、は笑う。普段見る、気の強そうな笑顔とは程遠い儚い笑顔。
「ごめんね、こんな話聞かせて」
「気にせんでよかよ」
「でも、苦痛じゃない?」
「苦痛?」
「変でしょう、私」
俯いて言ったは、小さく見えた。そう、小さい訳でも無いのに。
「……同性しか好きになれん人もおるからね」
俺の言葉に微かに笑う。
「違うよ。今まで付き合ったりした事があるのは男の人ばかりだよ。女の子が好きなんじゃないの。が、好きなの」
「へえ……」
「精神的にはバイセクシャルって事ね。カラダの方は経験が無いから、分からないんだけど」
唐突に出てきた単語に俺が目を丸くしていると、は続ける。
「調べたの。私、おかしいのかなって」
「そこまで」
嘆息するように言うとは笑う。
「自分でもよく分からない。でも無意識に目が追ってしまうの」
愛しい人の事を語るには、悲しすぎる笑顔だった。
* * *
と居る時のは優しく笑う。
が話すのを柔らかな表情を浮かべ見下ろし、頷いている。それを見ていると、事情を知っている俺は胸が痛くなる。今にも壊れそうなくせに何故笑っていられるんだろう。
傷口を自ら抉るようにの傍に居るが不思議で仕方が無かった。
* * *
「最近、よくさんとご一緒の所をお見かけしますね」
柳生がリストバンドをはめ直しながら言った。俺はタオルを取ろうとした手を止める。
「ああ、まあ。……なんやお前がそういう事言うとか、珍しかね」
返って来る答の予想は何となくついた。
「が、そのような事を話していました」
「……とはどうなん?」
柳生は眼鏡の奥の瞳を僅かに瞬かせる。
「どう、とは?」
「仲良うしよる?」
「それは、まあ。なかなか会えなくて寂しい想いをさせているような気はしますけど」
小さくため息をついて柳生は言った。俺はその仕種に笑う。
「ま、頑張れよ」
「は?」
柳生は怪訝そうな顔をして、何か問おうとしたが、真田が召集をかけたので話はそこで終わりになった。
* * *
教室では、あいかわらずが一人で仕事をしていた。俺に気付いたは、一瞬顔を上げ、微笑む。
「何か……、何時も一人で仕事しよらん? 相方はどした」
「だって部活動に行かなきゃだっていうから。私はクラブに入ってないしね。それに、」
「それに?」
「こうして、仁王くんに話を聞いて貰えるから」
「……ああ」
「仁王くんてもっととっつきにくい人かと思ってた」
傍に立つ俺を見上げては笑う。
「仁王くんは、優しいね」
……丸井辺りが聞いたら吹き出しそうな台詞じゃな。
自分が優しいと思った事など無い。
何時も自分本位で、でもそれを周りに悟られる事無くやってきた。流されているように見せ掛けて自分の思い通りになるように糸を引いてきた。それがには通用しない。明らかにペースを乱されるのに、傍に居る。
ただ―――彼女を見ていたかった。
きらきら零れ落ちるの感情は眩しく、心を粟立たせるのに目が離せなかった。初めは興味本位からの行動だった筈なのに、目が離せなくなった。
宙に舞う埃が窓から射し込む光に反射して輝く。
些細な事なのにきれいなものを見た、と思う。
を見ているのは、それを見た時に似ている。
('05.4.16)
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