きれいな感情・5










朝練を終わらせ急いで着替えていると、部室に飛び込んできた丸井が叫んだ。

「仁王、と付き合ってるんだって?!」

丸井の言葉に俺は着替えの手を止める。

「……あ?」
「何でも抱き合ってたとか聞いたんだけど!」

他のやつらも聞き耳を立てているのが分かって俺は嘆息した。

「……やったら、どうなん?」
「マジで?! うわー、お前とってすげー意外な組み合わせ!」

うわーうわー、とはしゃぐ丸井を横目に俺は着替える。バッグを掴み、部室を出ようとすると柳生と目が合った。

「……先日は、有難うございます」
「礼を言われるような事は何もしとらんよ?」
に伝えてくれたでしょう」
「……ああ」

自然と、並んで昇降口に向かう格好になった。クラスが違うので入り口で分かれようとすると、柳生は口を開く。

「……さんの事、本気なんですか」

柳生は真剣な顔をしていた。
彼女の友人を心配する優しい彼氏。
そして、俺を心配する優しい友人。

「……俺は、な」

そう言って俺は柳生に背を向けた。



* * *



放課後、部活を抜けて教室に戻ってみると、あいかわらず、は一人で学級委員の仕事をこなしていた。俺に気付くと微かに笑う。

「仁王くん、どうしたの?」
「……やっぱり、残っとったね」
「ああ、仕事があったから」

プリントを揃えながらは答える。

「何か……、色々やかましかけど、」

大丈夫か、と続けようとすると、は表情を曇らせた。

「……ごめんね」
「……何でが謝ると?」
「だって……」

はしゅん、と項垂れる。

「私と、その……、付き合ってるって噂が」
「気にせんでよかよ」
「だって、仁王くん彼女居るんでしょう」
「今はおらん」
「で、でも、好きな人は居るんでしょ? その人に誤解されちゃうよ……」
「いや、それは大丈夫やけどね」
「え?」

不思議そうに瞳を瞬かせた彼女に笑って見せる。

こそ、迷惑じゃろ」
「そんな事、」

周りが騒ぐ中、彼女は平然としているように見えた。いつも通り、背筋を伸ばして、気の強そうな表情を浮かべ。事の真相を問いただされても、曖昧に笑って受け流していた。
肯定は出来ない。でも、の手前、否定も出来ない。そんな、問いかけを。

「……私は何言われてもいいけどね。でも、仁王くんに迷惑かけるのは嫌だなあ」

ため息のように告げられた言葉に深い意味は無いのは分かっている。
……分かっているんだけどな。

「……落ち着いた?」

それを振り払うように問う俺に、は頷いた。

「この前よりは、ね。何でこんなに辛くて苦しいんだろう、とか、止められたらいいのに、とか思ってたんだけどね、」
「うん」
が、好きよ、って言ってくれたじゃない?」
「うん」
「そしたら、何かもう、ぱあっと。急に世界が反転したみたいに、クリアになった。
 ……うん。好きで良かったな、って思ったよ」

涙目になりながらも、は晴れやかな顔で笑った。

―――ああ、何て。
窓の外は日暮れて、白々とした蛍光灯が照らす教室なのに。
……何て、きれいな。

俺が手を差し出すと彼女は首を傾げた。

「手、」
「手?」

は首を傾げながらも手を伸ばす。俺はその手を取った。あいかわらず冷たい手は白く、柔らかく。マメが出来ては潰れ、治る、を繰り返す俺の手と違い、綺麗な手だった。
は、俺の前では弱った姿を隠さない。それは、嬉しくもあるんだけど。躊躇いも無く手を預けるのは信頼されているから、と言えば聞こえはいいが、警戒されて無いって事だ。

「失恋を癒す方法、知っとる?」
「え?」
「新しい恋をする事やって」

訳が分からない、という顔をしては、はあ、と頷いた。

「……ま、今日はこの辺で」

手を離し呟くと、は眉間に皺を寄せる。

「え、何? 何がこの辺でなの?」
「何じゃろうね?」

困惑したを残し、俺は教室を後にした。



掌に残るの、冷たい手の感触。それは、胸に到達して脈を速める。自然と浮かんでくる笑みをくすぐったく思いながら、部活に戻るべく足を踏み出した。



すっかりうつってしまった胸の痛みと、同じ痛みを、同じ感情を。
君のように綺麗ではないかもしれないけど、いつか君にあげたい。


('05.4.30)


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ちょっと特殊な設定にも関わらず、最後まで読んで頂けて有難うございました!
タイトルは新居昭乃さんの歌からです。
以下、蛇足。

最初、ヒロインは柳生の事を好きな予定でした。が、書き始めたら、
「柳生くんはね、私の恋敵なのよ」
というセリフが降りて来まして。あと、
『思春期には同性に対して異性に対するような感情を抱きやすい』
という風な事を聞いたので、このような設定になった訳です。
ヒロインの、友人に対する感情は、真性ではないかもしれません。でも、恋は恋だと思います。どんな形であっても、本人が自覚してしまったら、恋だと思う。

あ、ちなみに私にこういう経験はありません。
(女の人に告白されたー、という友達(既婚・女性)なら居ますけども。しかも一度じゃなくて、二度あるらしいです)