み ど り の ゆ び
>spring
寝心地の良さそうな場所を探して屋上の温室に辿り着いた。お誂え向きにベンチまである。横になって目を閉じているとがちゃんと重い音を立て屋上へのドアが開いた。薄目を開けて確認すると現れたのは一人の女子生徒。俺の姿に一瞬怯んだようにしたものの、すぐに気を取り直したように奥からホースを持ってくる。
……園芸部か。
彼女は俺など居ないみたいに温室内の水やりを始めた。時折葉に手を伸ばし、状態を見ながら水を与えていく。水音に混じって無意識だろうか、微かな鼻歌が聞こえてきた。低く温室内を満たす歌声と水音が耳に心地好い。水を止めた彼女は花殻を摘んでいく。その指は白く、日射しを受けてきらきらと輝いていた。
……みどりのゆび。
ふいにそんな言葉が浮かぶ。もっと幼い頃祖母が言っていた。植物をうまく育てることが出来る人を、みどりのゆびを持っていると呼ぶのだと。慣れたように温室内を動き、世話をする彼女は、まさにそれを持っているのだと思った。
>autumn
それからも、温室に足を運んだ。彼女以外の園芸部の生徒も水やりに訪れたが、俺の姿を認めるとびっくりしたようにして帰ってしまう。彼女は、彼女だけは、室内の植物や空気みたいに俺を扱い、水やりをして帰っていく。日常と切り離されたような時間は僅かな間でしかないのに、それを求めて屋上に上がった。彼女との逢瀬、と呼んでいいか分からない、時間と空間をほんの少し共有するだけのそれは胸に降り積もっていく。
その日も彼女が水やりをする傍でうとうとと微睡んでいると、屋上のドアが開けられた。
「やあ」
新たな訪問者は我が部の部長でもある幸村だった。寝たふりを決め込んでいると顔見知りのようで彼女はほっとしたように幸村の名前を呼ぶ。
「幸村くん」
今まで微かな歌声でしか知らなかった彼女の声は落ち着いたアルトだった。言葉少なに交わされていく会話の内容は自分のことで何だか居心地が悪い。
「……緊張するから寝ていてくれた方が有難い」
困ったように告げられた言葉に、ひどく興味を惹かれた。それは被虐的でも、嗜虐的でもなく、純粋な好奇心。酷い例えだが、入った店のBGMくらいにしか思っていなかった彼女の存在が、一人の人間であるのだと感じた瞬間だった。
('12.11.9)
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