そのことが有ってから、彼女――を見つめるようになった。意識してやっていたことではない。気付くとの姿を探していた。彼女の顔を、背中を、その白い指先をただ網膜に映す。姿を焼き付けようとか、目を合わせようとか、想いを込めて見ていた訳ではない。不思議との姿は大勢の中でも捉えることが出来た。だから、見ていただけ。
は目が合うと困惑したように眉を寄せ目を逸らす。ほんの少し頬を紅くして。それに慣れてきたある日、俺の視線を捉えた彼女は逸らさずに見つめ返してきた。負けるもんか、と言わんばかりの視線に口許が綻ぶのが分かる。
……焦がされそうじゃの。
快哉を叫びそうになりながらも、その視線を受け流した。
>winter
呼び出された先は園芸部が世話している花壇の側だった。ぼんやりと、みどりのゆびの持ち主の姿が脳裏に浮かぶ。名前を呼ばれ意識を向けると、案の定、告白された。断らないだろうと勘違いしている相手の態度にうんざりする。何をどう誤解したのか、それともこちらが期待させるようなことを言っていたのか。どちらにせよ、はっきりと断らなければ、と口にした言葉は若干きついものになってしまった。ほんの少しの自己嫌悪に項垂れため息をつくと足音がする。振り返るとが立っていた。こんな場面に出くわしたせいか、は気不味そうな表情を浮かべている。
「……ああ、。水やりか?」
今までずっと見ていたけど、言葉を交わすのは初めてだった。は名前を呼ばれたことに驚いたように目を瞠る。彼女の名前は、慣れたように口を衝いて出た。
「邪魔してすまんかったな」
「……告白?」
問うアルトの声に、口の端が上がるのが分かる。
「……みたいなもんかの」
仕方なく頷くと、は微かに眉を寄せた。そして俺を見据える。
「……ああいう言い方はないと思う」
「……へえ?」
まさか詰られるとは思っていなかった。見つめ返してくることといい、意外と気が強い。
「あんな酷い言い方、良くないよ……」
「じゃあ曖昧に返事せろて言うんか。勝手に付き合うてるて思うとった相手に」
責めるような言葉を紡ぐに、何も知らないくせに、と苛ついた。吐き捨てるように言うとは口を噤み、俺を見上げる。
「下手な優しさは相手のためにならんじゃろ」
その瞳に、俺にも非があるのではないか、と浮かんだ。違う、これは俺の本意じゃない、と言い訳したくてたまらなくなった。
「曖昧にしとったばっかりに、こんな目に遭うとるんじゃからの」
「でも、」
「でも、何じゃ? 好きでもないもんを好きとは言えんじゃろ」
腹がたつ、というより焦りで言葉を重ねた。
「そうじゃなくて、」
これじゃ八つ当たりだ、と思いつつ散らかした言葉には反論しかけ、言葉を途切らせる。彼女は視線を彷徨わせ、目を伏せた。
「……ごめんなさい」
突然謝られ虚を衝かれる。
「……何で謝るんじゃ」
は力なく首を横に振る。そんな顔をさせたかった訳じゃないのに。
「あー……こっちこそ、邪魔してすまんかったのう」
「……ううん。じゃあ」
くるりと踵を返して去っていくの背中を見つめながら屈み込んだ。
こんな風に話をしたくなかった。しかも挑発するような、きつい言葉しか口に出来なかった。苛立ちをぶつけたことに、今更ながら頭が痛い。ただ、彼女に誤解されたくなかっただけなのに。
……俺はお前が。
冷たく吹き付ける風に体を震わせる。自覚してしまった痛みはじわじわと全身を侵食していった。
>spring
三年になり、風紀委員に就いた柳生が同じく風紀委員のに作業を頼んでいるところを見かけた。丁度いい、と唇の端を上げる。その後、渋い顔をした柳生を何とか言いくるめて押し切った。
柳生のふりをして仕事を進める向かいで、はまたため息をつく。ため息を繰り返す彼女に、笑みが浮かんだ。物憂げな顔をしている原因が俺かと思うと愉快な気分になる。そのせいか、俺だと気付くことも無いようだった。
「未必の故意ってご存知ですか」
「みひつのこい?」
積極的に意図も希望もしないが、そうなってしまっても構わないという心理。最初はそうだった。気にしても、気にしなくてもどちらでも良かった。だが無意識は自覚すると意識的なものに変容する。今、胸の奥を焦がす感情は未必の故意じゃない。
俺は目を見られたくなくて、柳生に借りた眼鏡をそっと上げる。
「彼は、貴女に気にして欲しいだけなのかもしれません」
「……え?」
「ただそれだけで、深い意味はないのかもしれませんね」
それだけ。未来なんて分からない。どうしたいかも分からない。ただ、彼女に気にして欲しかった。―――俺だけじゃ、なくて。
微笑んだ顔と右手首の腕時計を見たは訝るように眉を寄せる。気付かれたかもしれないが、それこそ構わなかった。
('12.11.21)
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