>summer
昼の休憩時間、さっさと昼食を摂り、部室を出た先に辿り着いたのは花壇のある裏庭だった。花壇の花を見ているとの指と鼻歌を思い出す。太陽の光にくらくらしながらも、彼女のことを思い出すだけで心が落ち着いていくようだった。そうして目を閉じていると、いつの間にか転寝していたのか、からん、という音で意識を取り戻す。薄目を開けると、ホースを手にしたが窺うように俺を見ていた。
……みどりのゆび。
はほっとしたように俺に背を向け、水やりを始める。温室の中でも、じりじりと照りつける日差しの下でもは変わりない。時折タオルで汗を拭いながら、水を与えていく。その背中をずっと眺めていると、ぴくんと肩を揺らした。振り返った彼女は俺が起きていることに気付くと、驚いたように目を見開く。
「ご苦労なことじゃの」
は微かに眉を寄せた。
「……この炎天下でテニスをしている仁王くんの方がご苦労なことだと思うけど」
「確かに」
思わず笑ってしまった。確かに、酔狂なのはこちらの方かもしれない。はくるりと背を向け水やりを再開する。ぎらぎらとその姿を太陽が照りつける。小さな背中を伸ばし水やりをする、炎天下でも冷たそうな白い指先を見つめているとは口を開いた。
「……でも今はサボり?」
「休憩時間」
ふうん、と唸るような返事の後、水を止める。延長ホースを引き摺って動かし、もう一つの花壇にも水やりを始めた。
「……訊かんの?」
「何を?」
変わらない口調に、立ち上がりの傍まで歩いて行った。はゆっくりと顔をこちらに向ける。
「どうして私を見るの、って」
隣に立ち、花壇の花に視線を落として言うと藤沢は黙った。横目で窺うと、うっすらと唇を開け、驚いたように俺を凝視している。
「……水、やり過ぎじゃないと?」
ははっとしたようにホースの先を動かす。
「……危なかった、有難う」
それだけか、と落胆した。結わえた髪に触れながらを見る。
「……気にならんと?」
「気になるよ」
は即答し、俺を見上げた。だがすぐに視線を逸らし、花壇の方を向いてしまう。いつも見ていた凛とした横顔にほんの少し見惚れた。
「気にならない訳が、ない」
噴き出す汗でユニフォームが背中に貼りつく。外気温に合わせるように上がる体温は、思考力さえ奪ってしまうようだった。幾重にも重なって聞こえる蝉の声が、風の無い裏庭にこだまする。
「でも、未必の故意、なんでしょう?」
拗ねたみたいな物言いに、唇の端が上がるのを止められない。
「……最初はな」
「……え?」
「今は、恋じゃ」
は弾かれたように俺を見上げた。その視線を真っ直ぐに返す。柄にも無く緊張して、口から心臓が飛び出しそうだった。
「……わざと、ってこと?」
かすれたようなアルトに、低く血が沸き立つ。今直ぐ触れたい衝動に駆られた。
「どっちも」
抑えるようにため息をつきながら、に手を伸ばし、持っていたホースを奪う。かちりとボタンを押して水を止めた。
「熱射病になりそうじゃから、日陰に行かんか」
「え……じゃあ、水を止めてくる」
は普段通りの調子で言い、蛇口を締めに行ってしまう。気が抜けたように座り込むと、が戻ってきた。
「戻らなくていいの」
俺の右手首を指しては告げる。確認すると、あと少しで休憩が終わる、という時間だった。
「まあ、いつものことじゃ」
だが、この時間を終わりに出来ない。この時間を逃がすと次にいつ話せるか分からない。焦燥感を覚えているとは、俺が座り込んでいる傍の壁にもたれ、小さく息を吐く。
「……寝ている方が有難い」
呟くと、はびくんと肩を震わせ俺を見た。
「そう言うたお前さんが気になってな、何となく、見るようになったんじゃ」
「……気に障った?」
「それもあるかな。ああ、別にムカついた、とかそういうんやなくて……うん」
渦巻く感情を言語化するのは難しい。何より、こういうことを明確に表すのは苦手なのだ。
「でもはなかなか気付かんかったし、気付いた後は怒ったように睨んでくるし気付かんふりするし」
「だって、」
言い返しかけたを遮って続ける。
「うん、まあ訳分からんよな、見られるだけやったら。それでも構わんと思うとった」
「……そう、なの」
勢いを失い、零したについ笑ってしまう。
「でも告白されたところ、見られたじゃろ」
「……うん」
「あん時思うたんじゃ、誤解されたくないって」
「え?」
「……実は未だによう分からん。ただ、気付かんかなあ、と思うようになった」
それだけ言って横に立つを見上げると、頬を赤らめていた。そのことに心が浮き立つ。
「ま、そういう訳じゃ」
「……どういう訳」
くく、と咽喉の奥から笑い声が漏れてしまった。
「そろそろ行かんとな」
立ち上がり、ズボンについた砂を払う。黙ったままのを見ると、子どもみたいに口を尖らせていた。
「なあ、気になる?」
「……何が?」
「全部」
そう言うと、は唇を引き結び首を横に振る。眉をひそめ、必死に否定しようとする彼女に満足した。
あの時、初めて温室で水やりをするを見かけてから、そのみどりのゆびに囚われていたのかもしれない。掬い上げられた想いはゆっくりと芽吹き、この胸で息づいている。そのみどりのゆびが育み、咲かせた想いを俺だけ持っているのは不公平だ。だから、だからの胸にも、どうか。
「じゃあ気にして」
「……は、」
「またな」
片手を振って、花壇を後にする。背中に感じる視線は頭上からの陽光よりも熱い。
……さあどうするかのう。
ついに宣戦布告してしまった。もう後には退けない、と思うのに不思議と気持ちは高揚している。今から真田に怒鳴られるだろうに、柳生に嫌味を言われるだろうに、唇はにんまりと笑みの形を象っていった。
('12.12.4 Happy Birthday to Masaharu NIOH!!)
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ぎりぎりですが間に合った、仁王お誕生日おめでとう! 相変わらず季節感の無いサイトですみません!
「未必の故意」を書いていた時から、仁王編を書くなら「みどりのゆび」かなと思っていました。書いていったらタイトルに添う内容になっていったので自分でも驚いたけど(またか)。これから、きっと仁王さんの猛アタック(ただし分かり難い)が始まるのかな〜という風に思っています。