陥り眩む音の底 #6:繋ぐ
私と彼が別れた事は、翌日には全校に知られていた。あの跡部の従兄妹が、と。私自身は大して目立つ人間でも無いのに。その日はずっと好奇の眼差しに曝されたけど、どうって事無かった。
今までだったら萎縮して、泣きそうになっていただろう。でもこれは、当然受けるべき報いだからと、私は顔を上げていた。
「」
帰り支度をしていると、から呼ばれた。
「どうしたの、?」
「……今日、会いに行くの?」
誰に、とは訊くまでも無い事だった。私は微笑を浮かべて頷く。
「……悪い意味じゃないけど、、変わったね」
ふふ、と小さく笑いを漏らしたは続ける。
「はもっと、穏やかな恋をすると思ってた」
「……私も」
好きという感情だけで動くなんて思ってもいなかった。
そこそこの幸せで満足していた私は何処に行ってしまったのだろう。激しい感情は、手に余るから、私の器じゃないから、と思っていたのが嘘のようだった。それでも、止められない。こんなに誰かの心を欲しいと思ったことも無い。経験の無い感情に、まだ戸惑いは隠せないけど、それは痛みだけをもたらすものではないから。
こんなにも、幸せだから。
***
「あ、ごめんなさい……、って、跡部くん……」
階段を急いで降りていると、丁度跡部くんが昇ってきている所だったようで、ぶつかりそうになった。
「何だお前、そんなに慌てて。鈍臭いんだから転ぶぜ」
跡部くんは、鼻を鳴らして笑う。
「そりゃ、鈍いけど……。急いでたのよ、ごめんね」
そう言って横を擦り抜けようとした。
「……、」
「……えっ?」
お互いの家では、昔のように名前で呼んでいたけど、学校や外では苗字で呼び合うようになっていたから、校内で名前を呼ばれた事に驚いた。彼は気にせず口を開く。
「この前、ままごとだって言ったろ」
「あ……。そう、だね」
つい最近の事なのに、随分と昔の事のようだった。彼は微笑を浮かべる。
「あれ、訂正してやる」
「してやるって……。景吾くん、何様よ」
私も彼の名前を呼ぶと、彼はくくく、と咽喉の奥で笑った。
「すっかり、女くさくなりやがって」
「お、女くさいって、ひどいよ……」
あまりの言い様に非難すると、可笑しそうに彼は続ける。
「褒めてんだぜ。ままごとぶち壊して男を選んだお前を」
「……え?」
「そっちの方が断然いいな」
意味が分からなくて眉を寄せると、彼は笑って、じゃあな、と歩いて行った。
***
「仁王くん」
「」
彼は私を見ると安堵したように笑う。きっと私もそうなのだろう。彼の姿を認めると、安堵する。ああ、現実だった、と。
私の手を取り、仁王くんは呟いた。
「手の、熱かね」
「あ……走ってきたから」
「咽喉渇いとらん?」
「……え?」
今まで、聞かれた事の無い事だった。会っても、話すのがやっとで、すぐにお互い帰らなければならなかったから。彼はそんな私を見て笑う。
「そがん、不安そうな顔せんで良かよ。話の長くなりそうやけん何処か入ろうかと思うただけ。どう?」
「う、うん。咽喉、渇いてる」
じゃあ、と手を繋いだまま、駅前のファストフードに足を進めた。私は紅茶を、仁王くんはコーヒーを買って、席に着く。
こうして落ち着いて、仁王くんを見るのは初めてかもしれない。私はどきどきしながら彼を見つめた。
「……彼女と、別れてきた」
「え?」
唐突に切り出された言葉に思わず訊き返していた。仁王くんはそれに答えず言葉を続ける。
「泣かれたけど、どうしようもなかった」
「……そう」
痛いほどに気持ちが分かるような気がして、何も言えなかった。
嫌いになった訳じゃない。でも、駄目なのだ。その気持ちを凌駕するような感情を知ってしまったから。
「……別れたよ、私も」
「……そうか」
仁王くんは苦笑を浮かべた。
「ひどかとは、思う、けど、これでと、ちゃんと付き合う事が出来るて思った」
「ひどくなんて……ううん、ひどいのかな。でも、私も同罪だよ」
「……そうじゃね」
冷めかけた紅茶に口を付ける。咽喉が、からからだった。彼も同じようにカップに口を付けている。目が合った仁王くんは、瞳を緩ませ私の手に触れた。
「、俺と付き合って」
伝わってくる体温に、目が眩みそうになった。
認めてもらえなくてもいいと思っていた。でも、本当は望んでいた。彼女と別れて欲しいと、私の為だけに居て欲しいと。
仁王くんと逢って、私は我儘になった。気付かなかった、気付かないふりをしていた自分を知る事になった。それでも後悔なんかしていない。この先、知らない方が良かったと思う事もあるかもしれないけど、仁王くんが居てくれるなら、私はきっと越えていけると思うのだ。
「……喜んで」
私は彼の手をしっかりと握り返した。
('05.12.19)
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じりじりする連載にお付き合い頂き有難うございました!
以下、蛇足のため反転です。
このお話はm-flo loves YOSHIKAの「Let go」という歌から生まれました。初めて聴いた瞬間、「あ、これは突然恋に落ちた歌だ」と思ったのです(よく聴くと、そういう歌詞じゃないんですが)。目と目が合った瞬間、色々な感情を突き抜けて、恋に落ちるということもあるのかもしれないなー、と。
あと、跡部のセリフが書きたかった為に、ヒロインが氷帝の子で、従兄弟になりました。忍足と仲良しなのは趣味です(忍足好き)。
そして実は仁王視点も同時進行していたので時間がかかりました。内容は一緒ですが、ここで仁王はこう考えていた、というのを設定しないと書けなかった為です。そのお話が「天球の諧音」になります。
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