天球の諧音/2
それから、ずっとのことばかり考えていた。
どうして一目逢っただけなのに、こんなに心を掻き乱すのだろう。彼女の声を、瞳を思い出すだけで、胸の奥がちりちりと痛む。痛むのに、何度も反芻して苦しくなる。
「……雅治?」
「……どうしたん?」
顔を上げると付き合っている彼女が不思議そうな顔をして立っていた。無理矢理唇の両端を上げる。
「雅治こそ、ぼうっとしてどうしたの?」
「いや、何でも。それより、なんね」
「今日、お昼一緒に食べないかと思って」
「あー……すまん、丸井達と食べる約束してしもうた」
「……そっか。じゃあ、また」
嘘を、ついた。
寂しげに笑った彼女の顔を見て、後ろめたくなる。それでも今は一緒に居られなかった。体中で鳴り響く音が漏れてしまいそうで。
***
メモリからの携帯ナンバを呼び出し、通話ボタンを押した。ワンコールもしない内に彼女の声が流れる。
―――は、はいっ。
慌てたようなの声に胸が疼く。電話越しの彼女の声が耳に甘く融ける。
「?」
―――そう、です。
ため息のように落とされた返事に、逸る気持ちを抑えながら言葉を紡いだ。
「今から、……駅まで来れるか?」
―――うん。
「じゃあ、北口で待ってる」
―――分かった。
*
「ごめんなさい、遅くなって」
息を切らし駆け寄ってきた彼女を見て、夢じゃないかと思った。
「いいんよ、来てくれたから」
に手を差し伸べた。迷う事無く彼女は俺に手を預ける。
「……どうしてじゃろ」
「え?」
「言葉が出てこん」
の手を引き、抱き締める。彼女は抵抗する事も無く俺の腕の中に納まった。まるでパズルの欠けたピースが嵌るみたいに。
「私、も」
遠慮がちに背中に回された手の感触に、かつて感じた事の無い歓喜が胸に満ちる。ふわふわと漂う香りに、体温に、このまま世界が終わればいいと思った。
「好きじゃ」
「好き」
同時に落とされた言葉に俺達は微笑みあった。
何もかも、忘れて。
***
部活の後、時間が合えばに会いに行った。体を寄せて二言三言言葉を交わしあうだけの短い逢瀬。それでも、会いに行かずに居られなかった。
「……」
「何?」
「俺、彼女のおる」
彼女は、そう、と頷いた。そこには、非難するような響きや、怒りの感情は含まれて居なかった。ただ寂しげで、胸が痛んだ。
「私も、彼氏が居るの」
「……そうか」
その言葉に微かに笑いが滲む。悲嘆も落胆も感じなかった。
俺に、何が言えるだろう。
「でも、別れる」
は、きっぱりとした口調で言った。その様子に、彼女の顔を覗き込む。
「そんな事言うて、良かと?」
「いいの」
言い切ったははっとしたように俯いて、続けた。
「……ごめん、負担になるような事、言って」
「え?」
「仁王くんは、気にしないでね。私が勝手にする事だから」
慌てたように言った言葉に驚いたが、すぐに微笑んだ。彼女の頭を撫で囁く。
「じゃあ俺が考えとった事も負担になる?」
「え……」
俺を見上げた、その瞳には驚きの色が浮かんでいた。
そんな事を言うとは思いもつかなかったというように。
彼女は期待するような事を言わない。そうさせているのは自分だけど、期待して欲しいのに、と思った。彼女がもっと浅ましい子であったら良かった。そうならばすぐにこんな事を止める事が出来る。でも、そうじゃなかった。自惚れかもしれないけど、彼女は俺と会えるだけで満足しているのだ。それはひどく、胸を衝く。
「同じ事、考えとったよ」
そう言うと、は頷いて、俺の手に顔を摺り寄せた。
('06.1.24)
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